2010年10月の記事


早慶戦03
 昼過ぎ、暫くぶりに早慶戦をETVで観戦。ドラフトで指名された斎藤、大石の豪華リレー。

 早稲田が負けたが、今シーズンは早慶戦の行方に、優勝がかかっているそうで。

 早慶戦といえば掲示板に、前回書いたのは2002年11月2日、2006年10月29日のこと。
 7回の攻防で、《陸の王者》と《都の西北》が演奏される。

 百年を超える伝統があるそうで、この歌を聴くのが楽しい。
コメント (0)

超合理性(2)
 栄養・エネルギー・教育・衣食住など形になるものは投資対象とすることに大方の支持がある。

 どうしてかというと、外部にも効果と理解がえられ、また効果を実感できるから。

 しかし、景観にたいする満足度、景観からえられる癒し、安らぎ、音楽や美術など芸術によって得られる評価・理解・次元は、それぞれによって異なる。

 では、それらジャンルには合理性や利益がないかというと、多くのひとは否定しない。

 合理性と超合理性。線をひくのは難しいが。
コメント (0)

検索 掲示板
 昨夜、きがついた。検索 掲示板。

 「Yahoo検索欄」に「タイトル 掲示板ID」を記載することで、過去の書き込みのタイトルにたどりつくことができる。

 「OCNCafe」、「楽天ブログ」「eclat」の記事が検索できるようだ。

 「Goo」では難しいが、「Google」は試みていない。「OCNCafe」の掲示板利用は、Goo掲示板が廃止され、それまでの書き込み情報は、「OCNCafe」 で読めるようになった。

 タイトルは探すことが出来、記載内容までとなるとどこまで検索できるか?。

 課題はこれからながら、重宝できることが判明した。
コメント (0)

史跡国泰寺跡
photo by pacific0035 from OCNフォトフレンド 
 写真は史跡国泰寺跡(国指定)のサクラの見所時期の紹介です。 

 国泰寺は江戸幕府が建立した寺院ですが、本邦の北東部に位置し、国家安全・領主家安泰の祈祷寺院として、表鬼門を守護する位置にあります。 江戸は京都を意識した、家康による世界的計画都市とされています。 

 家康は京都に負けないサクラ。延暦寺に匹敵する寛永寺を表鬼門に設けたとされています。 
 史跡の整備が計画されていますが、京都にまけない江戸のサクラをうけつぎ、延暦寺ー寛永寺ー国泰寺の鬼門守護をコンセプトにすえて、全国からの信仰をあつめる史跡整備をめざすべきと、考えています。
コメント (1)

廻り地蔵 山形
 NHK朝のテレビは、「日本の仏像」。各地の大仏もあるが、今朝は民家を送り迎えされる庶民の信仰。

 青年が箱を背負って、あぜ道を歩いていた。前後には旗をかかげた人が、前に後ろに守るようにして。

 「廻り地蔵」。仏像はおよそ500軒の家々をまわる。一軒の家には7日前後滞在するというから、一巡するには10年そこそこを要するのだそうだ。

 生涯のうちに2度、3度と迎えると、そのたびに「良いことがある」という。

 青年といっても、一家の家長なのかもしれないが、ひたむきに送り、これまで何周もしている仏像を、メディシンボールの送り手のように、その責を果たす。

 ただこの伝統信仰に、難しい面もある。農業経営体の減少。相続の担い手が少なくなっているのだという。輪は、いくぶん小回りを余儀なくされている。
コメント (0)

知恵のゆくえ
 10月27日、都道府県紙で配達された夕刊のコラム欄は、「増える空き家」。

 首都圏の賃貸住宅ではメールボックスに新築戸建てのチラシが詰め込まれ、「閉口する」ことがある、との指摘からはじまる。

 2008年統計によると、全国の総住宅数は5750万戸、03年から08年までに370万戸の家が建ち、空き家は757万戸あるとする。8戸に1戸が空き家ということになり、人口推計上では2100年には3660万人に全国の人口が減少するという。

 国民の数は江戸時代規模に戻るということ、か。そこで、問題提起。

 「住める物件が使われないのはもったいない」から、「空き家バンク」や「空き家を利用した体験移住事業が盛んだ」と、ある。

 むすびに「今から知恵を絞る必要があるのでは」と、あるが。その知恵こそが問題。実はそこが聞きたい。

 文化の醸成ということが必要ではないか。新築、解体、廃棄物では、省資源にも省エネにも環境問題にも背をむけている。

 建築業もリフォーム、再生だって、本来なら新築ほどではないが、それに近いコストの修復は、実はたくさんある。

 しかしこれまで、《長持ち》を度外視して、新築で事業の継続をめざしてきた。外から内需拡大をいわれると、公共事業を喚起し、必要性より土木・建築業の業務保持を優先し、口利きの政治家に、資金が還流してきた政治体質も見逃せない。

 文化は、自然に醸成されるようにも思うが、意図的・計画的・組織的に、好き嫌いではなく取り組まねばならぬ課題でもあるようだ。

 《知恵のゆくえ》のその先には、新しい国民性、文化の芽生えという転換が不可欠のように、思うが。
コメント (0)

鷹羽狩行著『俳句を味わう-鑑賞から上達へ』。
 10月28日、読み始める。良く知られた句ではなく、これまで人の膾炙にのぼることの少なかったなかから秀句を拾い、句の奥行きと、句の示す広がりの大きさを示したいと前書きにある。
 先の『季語の誕生』に続き、俳句世界を楽しんでみたい。(講談社現代新書 (666) 1982年)
コメント (0)

田辺聖子・宮本亜門『人生の歩き方 』。
 田辺聖子「まいにちばらいろ」は、NHKアナウンサーがインタビューを務め、作家が語るというツクリ。
NHKの朝ドラで取り上げられたり、『文藝春秋』で「田辺写真館」のシリーズがあって、すっかりおなじみでもある。

金物問屋に勤めることがなかったら、小説家としての深まりはなかったであろうというし、これからも恋物語を書き続けたいとする。
四話の冒頭には著作の一部が引用され、話題が展開するが、やはり聞き手の話題の引き出し方が、冴えている。

 宮本亜門「僕が居場所を見つけるまで」は、沖縄に根拠地をかまえブロードウエイに進出、「新しいミュージカルの演出」で話題をさらう。

意外であったのは、「まとめるのではなく、人それぞれが光輝いてくれればいいとおもっています」とある、冒頭のくだり(80p)。既存の「出演者やスタッフを一つにまとめて成功に導く」とする舞台演出家像に、自らアンチテーゼを示す。
亜門といえば「違いのわかるコーヒー」のCMでおなじみながら、新橋にある喫茶店の子息とは、本書を読むまで知らなかった。
(日本放送出版協会 2006年)
コメント (0)

超合理
 科学の思考姿勢を合理的と称し、結果の説明を合理性というではないか。これに反して非科学的な態度を不合理、非合理と申して、回避か軽蔑に走る。

 いつぞや「超合理」なる概念のあることを、教えられたことがある。すでに30年以上も昔のことながら。

 25日のNHKテレビ、その朝ドラ。婆ちゃんのつくる《ダシまきタマゴ焼き》がおいしいと、孫がレシピ記載をするシーンがあった。
 婆ちゃんの所為を眺めながら、孫が記録をつくる。婆ちゃん「塩少々」。孫はすかさず問い直す。「何グラムですか!!」。婆ちゃん「そんなのわかるかい、ひとつまみだよ」。孫は不満。「だから何グラムなの?」。

 どちらも、間違っていまい。孫の主張する塩分濃度の確認は、すこぶる科学的。
 然らば目分量で塩をふりまく婆ちゃんの手法は科学データに拠って居ないからといって、「だから年寄りは非合理的でダメ」とは言えまい。
 結果は「おいしいダシまきタマゴ焼き」ができあがる。

 孫の塩分計量は科学的だが、婆ちゃんの目分量は非科学的とも決め付けられない。合理的ではないが、合理を超えた、言うに言われぬ世界。それが、非合理でも、不合理でもない、「超合理」の世界かも。
コメント (0)

クイズ 漢字
 なんてことなく、テレビを横になって眺めていた、昨夜のテレビ番組

 Q1 二字熟語のなかで、一つだけ性格の違うものがあります。どれか。

    韓国 授業 総計 

 Q2 ■の場所にあてはまる文字

    子 未 丑 ■ 寅。

 Q1の答えは予想がついたが、Q2は全然、見当つかず。答えは、文字の字画のなかに「一」、「二」、「三」、「四」、「五」の字が隠されているということであった。
コメント (1)

仙石 泰山・夢枕 獏著『古寺巡礼京都 萬福寺』
 黄檗宗は禅宗の一流ながら、江戸時代に本邦に伝来したことで知られる。

 仏教自体が中国を通じて日本にもたらされたが、黄檗宗は「最新」」(6p)にして「普茶料理」に象徴される「中華風」(10p)というのが、第一の特質であろう。黄檗は「キハダ」の樹種名(91p)。


 然らばなぜ、江戸時代、しかも中国から、か。

 長崎に来ている中国人の信仰と葬儀を、オーソドックスな中国禅によってというのが、ポイントということだ(94p)。後水尾天皇の生母の実家の別荘地にあたる宇治を寺基にしようと申請し、認められた。家綱の時代、徳川も文治主義に傾斜していたから(98p)とされる。


 斉堂は「サイトウ」、法堂は「ホットウ」と読むが、祖師堂「そしどう」、禅堂の堂は「ドウ」と読む。全体の堂配置図がほしい。 (淡交社 2008年)
コメント (0)

小林 登志子著『古代オリエント都市の旅』
 古代四大河川文明のひとつメソポタミア文化は、ヨーロッパとアジアの相互に開かれているうえ、イスラーム文化圏であることも動静が細かい。

 本書は紀元4000年というから、今から6000年前から2000年前ほどまでのオリエント社会を記録文化のうえから俯瞰しているように思える。
 思えるというのもおかしいが、地図を用意しペーパーにチャート図を描いて読まないと、という感じ。
 地図とペーパーというよりも高校時代の世界史の知識が十分でないと、いささか難解。

 アッカド語がオリエント社会の国際語という指摘は、なにかしら読書をワクワクさせる。
 
 最後に神聖文字がとりあげられ、「文字には過去の英知が宿っている」。その世界を理解し、そこへの到達点が、本書の意図ということかも知れない。 (日本放送出版協会 2009年)
コメント (0)

雑誌記事
 『世界』9月号に「メディア批評」。そのひとつは「無視された韓国艦沈没報告への疑問」。

 今年3月に発生された事件。北朝鮮製の魚雷による船体外部での爆発によって生じたとされているようだが。

 実は、八つの疑問点があるとする報告書がある(91p)のだが、ほとんど注目されて居ないのだという。

 英国の科学雑誌も「合同調査団の報告に疑問が出ている」と報じているのだとする(94p)。新聞ではお目にかかった記憶がないが、見落としか。しかし、論調はまったく意に解していないのだから、報じられていないとする見解が妥当なのであろう。

 政府の発表。新聞の記載。それだけで、よいのか。
コメント (0)

陥没
 20日は休暇。終日、ごろごろ。終日、コーヒーを口にすることもなく、雑誌を2冊。

 読みながら睡魔に誘われ、テレビのチャンネルを変換させながら、ワイドショーやニュースの追跡。

 画面は岐阜県内でおきた陥没事故。民家も傾き住民は公民館に避難したそうで。

 地域内の陥没防止には500億ー1000億の金額が必要という。

 思い出した。東南アジアからの学生に炭鉱の説明をしたおりのこと。質問があった。「炭鉱がこんなに石炭をほっていたら、採鉱跡地で陥没が発生しないのか、と」」。

 答えは「多くが海底だから、起きているかもしれないが、民家が傾いたりはしない」。なっとくしてもらったが。

 民有地のまま、宅地開発をしたものか。ハザードマップもあるというのに。災害というには人がかかわりすぎている。そう、おもった。
コメント (0)

ベイアズユーゴー方式
 10月20日は、やむをえず仕事を休業。出かけようとYシャツに袖を通したが、「無理をすまい」。

総合雑誌を読みふけり、睡魔に襲われたら、読書中断。『文藝春秋』11月号の末尾に「新聞エンマ帳 報道にもの申す」。

項目は「『特捜検察』の役目はおわったか」、「小沢一郎の『幻影』」に、最後は「新聞も『財源』を示せ」。これがおもしろい。

論説で国に新しい制度や手厚い施策を提案するなら、税をふやすのか、かわりにどの事業を廃止するのか、政府同様に財源をしめせという話。

言うだけで、公費拡大を求める内容が多いが、それでは実現すまい、と。

報道は劣化しているのではないか。

検察の発表をそのまま載せて、メディアが検察のシナリオを拡張する。サッカーW杯。予選で一勝が夕刊紙面の一面トップ。

大本営発表。小地域の陥落が大戦勝利かと誘導した時代の論調とかわっていない。ほかに、重視して伝えるべき記載があるであろうに。
コメント (0)

天平の甍 映画
 18日、BS=2の21時台は映画「天平の甍」。原作の文庫本を手にした記憶はあるが、読みきったという実感はない。

 留学僧が、唐から高僧を渡海させようと情熱をかたむける。それぞれの妨害をくぐるぬけて、来日を実現するが、そのために3人の留学僧はうち2人が途中で挫折、死去と犠牲を払う。

 高僧・鑑真の渡日と戒壇設置、唐招提寺建立は良く知られている事実ながら、その過程が波乱。

 高僧招致は、独学のなかからたまたま渡唐、ごく少数者しか学ぶことのできない持戒と学問の仏教を、高僧を迎えて幅広く学ぶ機会を確立しようとしたのであろうか。

 弟子たちにすすめるも日本に渡ろうとするものはなく、自ら渡海を仏教流通の足がかりにと、決意する鑑真。

 民衆の反対と権力の頭脳流出抑止。数度にわたる脱国、妨害、難破、再脱国。

 難船・漂着の場面など、画像的にも臨場感があった。
コメント (0)

衣替え
10月19日。今朝の気温は-0.1度だそうで、コートを着用することにした。

朝はともかく、帰宅時は日も暮れて、温度もさがる。あわてて、コートを取り出した。いつもより高温の続いた秋。

しかし足早に寒気が迫ってくる感じ。ことしも残るは百日、か?。
コメント (0)

各地からの話題のひとつに据えられている。捕らえられた姿はツキノワグマらしいけれども。

猛暑でドングリが少ないとやら。エサ不足で、人家にちかづき、学校の一階にあらわれて児童が二階で授業、とか。

熊も被害者かも。気象異常が地球温暖化によるものなら、人自身の関与が大きい。

北海道でもある。鉄道のトンネル内で列車に接触。落命。共存・共生があるべき姿なれども。
コメント (0)

石川英輔著『世直し大江戸学』
「今の時代に生かす江戸の先人たちの生き方」が、思想の根底をなす。

ここにいう、「先人たちの生き方」は、日本型生活様式と言ってもよいのだと思う。省資源、徒歩交通、食事体系、寺子屋による識字率の向上。行政の簡素化。地方分権。

終章は「海図なき時代の進路をきめるには」で、むすばれる。環境、自給率、教科書がつうじなくなった政治・経済・文化。本邦の知的蓄積が問われている。
コメント (0)

薬師寺修復
 薬師寺修復。17日のNHKーBS2の番組は「平城京遷都1300年」。それぞれの寺院・旧跡の多元中継。

 テレビを入れたときが、薬師寺からの中継。「国の寺で檀家制度がなく、修復に取り組み始めたのは、昭和40年代になってから」。アナ氏が、そう解説していた。

 そこでITによる情報収集。判明したことは高田好胤師が管長を務められたことのある寺院たるを思い出した。講演に東奔西走され、このマチでの講演会に出席したことが、あったなー。

 写経による資金つくり。1000円の志納金。講演で普及をはかり、22億の資金をまとめたそうで。

 アナ氏の解説の中身が判明。ちなみに新薬師寺はたずねているが、薬師寺は未踏。
コメント (0)

G.W.ニコル著「サクラと日本人」
 G.W.ニコル著「桜と日本人」は、日本の美意識を代表する桜の定着を都市のなかで考える。 「平安貴族の美意識」(14p)は、江戸にもうけつがれ、家康は京都に負けない江戸の桜を都市計画のひとつに位置づける。ソメイヨシノが江戸で改良され、クローンというなのコピー作品と知った。

 別書で、江戸の都市計画が京都に似ていると知った。たとえば鬼門に延暦寺と寛永寺を配置した点、桜を植えた点。これまた別書の季語成立にも平安貴族のたしなみが、江戸時代に庶民に根付いたと、ある。歌のステージで凝縮されるが、季語の代表、花=桜の定着とともに興味深い。


 堺屋太一著「ニッポン公共事業物語」は、公共事業が「『夢』を叶え(64p)「成功と迷走」のうえに「理想の模索」をめざしているとする(127p)。

 東京に知の集積がすすみ、特定目的施設は東京に、多目的施設は地方にとする分析(139P)は、やはり「マス」が支持することの、なせる技なりや。
コメント (0)

添書
 小生に贈り物をと、書こうとしているわけではない。でも、頂戴して、しばし、うなった、唸った。

 父方の親類から、秋の実りをたくさん頂戴した。
 
 配達の荷物を、簡単に持ち上げようとして、連れ合いは腰にガツーンときたそうで。それほどの念入りな贈り物であった。

 あけてビックリ。いまどき貴重な筆墨あざやかな、書面が一葉。

 「新潟の味、楽しんでいただければ」。心にくい一筆。

 モノがゆきかう中元、歳暮。モノはとどくがメッセージはないことが多いのに。

 原料にエキス。ありがたく頂戴している。鮮やかな墨痕ととともに。感謝。

 重ねて書かせていただく。贈り物を催促しているわけではない。
 また、《みんなが同じようにすべき》と、申し上げてはいない。そこのところを、読んでくださいな。
コメント (0)

網野善彦著『日本社会の歴史 下』。
 網野善彦著『日本社会の歴史 下』。社会構成の展開を概観しながらも日本通史の叙述を積極的に試みている。
 地域区分を視野に、さまざまな日本の構造を広く視野におさめようと、琉球や蝦夷地といったある意味異質な文化、民族を包括した日本史像を示している。

 14、15世紀に画期があるとする主張を理解するには、さらなる読み込みが必要というのが、読後の感想である。
 なぜなら太閤検地や統一政権成立に一定の意味があるという歴史観にとらわれすぎているのかもと考えながら、今一度の読み込みをしないと、網野構想の内容を理解できまい。
 あるいは上、中を読み込むことによって、理解がすすむのかとおもいつつ、漸く下巻を読了した。

 網野史学を解するには、通しで読むことがたいせつなのであろう。
コメント (0)

森村泰昌著『超・美術鑑賞術』。
 森村泰昌著『超・美術鑑賞術』。初めて読み始めたとき、なかなか読み込むことが難しかった。 
 暫く置いておき、後に再読。なぜかスムースに読み込めて、これほどのおおきな差。この体験は、それまでになかった。

 章中に「極意」の記載があって、そこが要領よく、ずばり提示されている。
 曰く。「おもしろければ、間違っていてもよい」(18p)
 曰く。「デートはイートである」(40p)。
 曰く。「今も昔も変わらない」(56p)。

 「極意」を拾い読みしていくだけでも、美術にいっぱしの議論参加ができるように思えるが、そこは違う。
 数多く鑑賞。同じ作品を納戸も鑑賞して、毎回、違いを発見の楽しさをすすめているでも、ある
コメント (0)

時代
時代。NHKの朝のドラマ。鉄板焼き、大阪の元お好み焼き屋が舞台。

尾道出身のヒローインが大都会の大阪に出てくる。就職のためである。

田舎育ちの年頃娘が、おのぼりさんで大都市にでてくると、おおむねスリに財布を抜き取られ、困惑するのは昔の話。

今は、就職予定の会社が倒産して、張り紙に破産宣告。いかにも時代を反映。雇い止めもあるが、会社がなくなって内定取り消し。

いやはや。若者も大変ながら、経営者も試練。困った道筋は同じながら、その内容が異なる。時代を思い、笑うに笑えず。身につまされる。人情は、ヒローインの活躍を後押しするものか。そこで、物語続くのだが。
コメント (0)

宮坂静生著『季語の誕生』。
 宮坂静生著『季語の誕生』。 季語はどのようにして定型化してきたので、あろうか。地域によって季語と季節に乖離のあることもあるが、どのように受け止めると良いのであろうか。答えを用意している意欲的な提案。

 季語の起源を縄文の生活意識からさぐり、平安時代の歌語が起源になって誕生したとする説(207p)を深化させる。
 他方で、「季語の地貌化という視点」(同)を掲げる。季語「平安貴族によって山城盆地を中心とする近畿文化圏の風土の中なかで誕生し、育まれたもの」が、江戸時代に芭蕉の旅の体験を通じて「確立した不易流行の造化感は季語のもつ拘束を自在にした」とも、読む。

 季語の中核に、花月雪があり、これに鶯と紅葉が加わる。季語は北緯30度ー40度地帯にあてはまり、遠く縄文の意識に拘泥される。読んでいて、わかりやすい。(岩波新書 2009年)
コメント (1)

健康チェック
今朝は、6月にうけた健康診断の指摘事項の確認に診療所へ。

結果は異常なし。なにしろ心臓の近くの「大動脈が拡大」しているから、一年後に「必ず検査を」と。ありましたからねー。

バスでの胸部X線検診。心臓の近くの部位であるうえ、血液検査では、問題になるようなコレステロール値ではないだけに、高脂血症による以外の要因によるものなら、いっそう厄介。

懸念は払拭できたが、健康保険適用後の支払額は、どうなる?。今日は、そんなことがありましたよ^-。
コメント (0)

雄別炭砿記念碑(碑文)
(碑面)雄別炭砿記念碑                 芳野雲泉謹書
(背面)「雄別炭砿想いでの記」
雄別炭砿は大正九年に開発され半世紀にわたり日本有数の炭鉱として最盛
期には三千有余の従業員と二千五百戸の炭住街を擁し 年間六十万トンの生産を誇り
道東経済の中心的役割を果たし 産業振興 地域発展に寄与した功績は大であった
 然るに昭和三十年代末期よりのエネルギー革命により 石炭産業は斜陽化し 企
業合理化も存続運動もその効なく昭和四十五年二月 閉山の悲運に至った
 閉山十周年に当たり 全国各地に散った同志相計り 五十年の歴史を後世に伝へ
殉職者の冥福を祈って記念碑の建立を計画し阿寒町始め多くの関係諸氏の協力によっ
てこれが達成をみる ここに五十年の栄光と忘れえぬ想い出をこの碑に託す
  昭和五十五年八月十五日 雄別炭砿記念碑建設期成会
コメント (0)

雄別炭砿記念碑

photo by pacific0035 from OCNフォトフレンド
 雄別炭砿記念碑。釧路市阿寒町にあった炭鉱。閉山は1970年。記念碑は1980年8月15日に建立された。閉山後10年を記念するもので、建立後30年を迎えたことになる。

 揮毫は芳野雲泉師。背面に「雄別炭砿想いでの記」が記載され、保存状態もよい。サクラの苗木も成長し、柵で区分けされて整備状態も悪くない。

 「雄別炭砿は大正九年に開発され(略)三千有余の従業員と二千五百戸の・・・」と背面には記されている。
コメント (2)

三連休
 9日からは珍しく、暦どおりの三連休。

 但し、9日は朝から職場以外で仕事。正午過ぎには終わる予定ながら、まっすぐに帰宅できるか?。

 住まいから50キロ。東に出かけて仕事。準備に追われて過ごした10月の第1週。

 少し、ノンビリしたい。
コメント (0)

野球
プロ野球がシーズンオフに向かっている。

開幕が昨日ごとき気がするが。交流戦いあり、オールスター戦あり、M点灯あり、シーズンオフ。

中継ぎ投手陣の負担増が指摘されていた、4連覇めざすチームは、中盤で先発陣が崩壊。先発陣がたちなおりつつあるとき、今度は中継ぎ陣が力つきたか。

勝負を、企業組織の力量の引き出し方として眺めている。かくて、シーズンオフ。2010年、地上波での放送はガタリと減少した。ファン離れは、とまらない、か。
コメント (0)

吉本哲郎著『地元学をはじめよう』。
吉本哲郎著『地元学をはじめよう』。熊本県水俣市で、水俣公害後の地域復興に取り組んだ、実践例。

地名が病名にもなった水俣病。その発生地で「もやい運動」にはじまり、地域での「あるある発見」活動に着手。

地域の水脈をたどる活動は、企業活動による廃水で発生した問題が、実は水脈に依存する住民生活のなかにも潜在してはいないのかとの、問いか。

法学部出身の自治体職員なら手がけない課題かも。農学部の《モノつくり思想》が開花した。岩波ジュニア新書の一冊。
コメント (0)

桂林観光
テレビの画面で紹介される中国・桂林の風景。「新漢詩紀行」などの番組でも登場する。

川面のバックに、なんともいえない、山容。「こういう景色もあるのだから、行ってみよう」。連れ合いは申されるが。

とてもとても。

あの毅然とした女性スポークスマンが、「責任は日本に」。写真を撮影して逮捕されても、ツマラナイ。

大国意識。横暴。国際世論の前に、国内でもキチンと伝える。国内で意見が割れていては、中国「してやったり」、か。
コメント (0)

CS 256
昨日は、CSテレビの放送が無料視聴できるサービスの日であったらしい。

チャンネルをころころ移動していたら、新潟からのプロ野球放送。阪神ーロッテのファーム選手権。

一塁側の阪神サイドは客席もほぼ埋まり、観客は1万5000人余と発表されていた。試合は4点差を跳ね返したロッテが、追いつかれながらも再びリード。最後はダブルプレーで試合終了。

二軍戦。つぎのチームを背負う人材の育つ様を眺めて楽しむことがあるけれども、新潟の球場が紹介された。

今、話題。サッカーにつづきプロ野球が定着するか。CSテレビの無料サービス。いろいろなことを考えた。
コメント (0)

玄米
玄米。いよいよ食卓に。家庭用精米機をネットでみつけて、メーカー品。

届きました。いろいろ説明書を読んで、うまく動きました、が。さっそく炊飯。さすがに、お米の味が、と。

米ぬか?。豆乳にまぜて、お腹にはいっています。それなりに、飲むことできました。

これからは、精米を購入することなくなる?。自分が留守番のおりには、買い求めるでしょうねー。
コメント (0)

釧路の夕焼け

photo by pacific0035 from OCNフォトフレンド
 春採湖畔からの夕焼けです。

 月曜日、9月25日。しばし見とれていました。残照があざやか。

 浜風が、粉塵や靄をとりのぞいてくれるからでしょうか。この地の夕焼けは、江戸時代に旅した仙台藩士によって、記録に残されました。

 明治は啄木がその鮮やかさを短歌に残し、1965年に釧路十景のひとつに選ばれました。

 このマチの夕日。その美を演出するのは、きつい浜風ではないでしょうか。
コメント (0)

郵券
 5時に起床。白湯を一杯。体重は63.2キログラムで、300グラム減。

 センベーを3枚。それからコーヒーを落として、一杯。

 先日、大先輩から「切手ですからね」。ご丁重に頂戴しました。
 記念切手の《束》です。各種の記念切手が5000円分。80円切手と50円切手の組み合わせ。

 今、月に一度、書き込んでいるペーパーを折らずに送ると120円の送料。大助かりです。

 そうそう。妙な食べのものをお中元やお歳暮で贈るより、こちらの方が気が利き、助かるかも。

 ただし、筆不精のかたには歓迎されない?。
 いや、筆不精の特効薬かも。
コメント (0)

『東大教師が新入生にすすめる本』。
 『東大教師が新入生にすすめる本』。
 100929から読み始めている。雑誌『UP』に投稿されたアンケートを再掲載したものだけに、著者別に記載されたカードを一枚一枚めくって読みすすむ感覚である。

 量が多くて、しかも難解な文章が多い。
 ただ、ねばり強く丹念に読みすすむと、自分の愛読した著作も登場し、読後の感覚の違いや共感を感じ取ることができるのは、楽しい。

 このなかで選書されているのは、学生生活をはじめたときに読んだ本、研究活動をつづけている今、読む本、東京大学出版会から刊行されている本の中から。

 「学生生活をはじめたときに読んだ本」。東大生より東大の教員になるために不可欠な本というのなら、わかる。「これくらいは読んでいた」。そう言いたげなのであろう。
コメント (1)

玄米
 玄米。縁続きのお方から、30キログラム梱包のお米をドーンといただいた。
 郵便小包で送られてきたお米。配達の若者が、それこそ渾身の力をこめて、エレベーターごしに運んで、玄関先にヨッコラショ。

 中は精米が5キロの袋、残りは玄米ということであった。
 その精米の袋は、たまたまやってきた坊主一家が、「ほー、広島のお米か」。
 さりげなく、持っていってしまい、玄米が手元に。

 ホーム精米機を探すことにした。近くのお米専門店で、玄米をわけてくれるらしい。
 精米を5キロ購入して、2人世帯では、9月5日から現在も食べている。

 玄米をそのつど、精米して炊飯。玄米なら大型スーパーではなく最寄の専門店から購入できる。
 米産地ではないから玄米から消費する習慣はないが、最寄の専門店から定期購入の習慣は、経費の域内循環のうえからもふさわしいことではないか。
 なによりも、つきたての美味な炊飯が可能である。
コメント (0)