2023年03月の記事


12の諸島で高等教育を受ける機会 南太平洋大学23030
 12の諸島で高等教育を受ける機会 南太平洋大学

 12の諸島で高等教育を受ける機会 南太平洋大学23030
 「地域発展の課題は教育にある」。開発途上国。そのように思いがちながら、しかしその運営形態と実績は、むしろ世界最新。そういうことではないか。

 今、高齢者講座の運営で<データ管理の共有>。その点で<壁>を感じてた時、<隘路>を開いた気持ちになった。

 トンガ共和国。2023年2月の統計で面積. 720平方キロメートル(対馬とほぼ同じ)、 2 人口. 105,697人(2020年、世界銀行)の国に初の<国立大学>。
 1950年代初頭に南太平洋地域の職業訓練のための機関の創設が検討されて、70年余。

 「太平洋島嶼国12カ国にそれぞれキャンバスを置き、広く高等教育を受ける機会を提供」。
 トンガの国では、南太平洋大学の卒業生でもある首相が国民の世論を背景に、独自の国立大学を諸島内で、初めて設立した。これがnhk報道特集で放送の契機であった、か。
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故郷、草津節、花影、荒城の月 作曲の生い立ち、思想、背景「名曲アルバム 選」
 故郷、草津節、花影、荒城の月 作曲の生い立ち、思想、背景「名曲アルバム 選」

 nhk「名曲アルバム 選」に<日本歌謡>も登場する。
 ほかにも「山中節」「桜に寄す」「早春賦」「日本狂詩曲」などなど。
 番組案内では「作品ゆかりの地の美しい映像と共にお送りする番組」とするが、どうしてどうして。

 「交響曲 第9番“新世界から”第2楽章」ドボルザーク作曲なら、次のように紹介。
 「19世紀末、ニューヨークにやってきたドボルザーク。遠く離れた街で郷里ボヘミアを思いながら書き上げた名作」と、承ける。
 (【指揮】円光寺雅彦【管弦楽】NHK交響楽団 初回放送日: 2020年1月26日)

 作曲家の生い立ち、作曲の思想、作曲された背景。
 背景は時代・地域・作曲家の関わり。 そこは丁寧に「字幕による解説」が出色なのだ。
 但し、「ナレーションは無く、現地で収録した音声は放送されない」とも、

 『名曲アルバム』(めいきょくアルバム)は、1976年4月5日に開始されたNHKのクラシック音楽番組。
 かく、その沿革が言及されている。45年以上の時間の流れ。
 『名曲の小箱』(5分間、1984年4月2日開始)、『名曲スケッチ』(10分間、1993年4月9日開始)、『名曲セレクション』(15分間、1999年4月29日開始、不定期)。

 そうした取り組みもあったようだ。基本は5分間のTV番組。楽しませてもらっている。
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17世紀の<ヴィヴァルディ 四季> 20世紀で高い評価220330
 17世紀の<ヴィヴァルディ 四季> 20世紀で高い評価220330

1分前2023/03/29 水曜日 09:54
 17世紀の<ヴィヴァルディ 四季> 20世紀で高い評価220330

「“四季”から“春”」ヴィヴァルディ作曲 初回放送日: 2020年3月30日
「“四季”から“春”」(バイオリン)漆原朝子,(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)飯森範親 ~イタリア・ベネチア~

nhkBS3の「名曲アルバム 選」の冒頭、「1678年 イタリア・ヴェネツィアのカステッロ区に生まれる」と聴いて、意外であった。
調べてみると、「現在はイタリアに属するヴェネツィア出身のバロック音楽後期の著名な作曲家」とあるではないか。
なんと言っても旋律の新しさで、ばっろく音楽ならではの重厚感を感じさせない楽曲。

その秘密も番組で示された。
「“四季”から“春”」ヴィヴァルディ作曲は、20世紀にはいってから評価され、世にしられることになったそうで。
でも、17世紀にして教会音楽の世界で世に問われ、当時は<承けなかった理由>。それも案外、「20世紀にして評価される違和感のなさ」が、発表当時は、承けなかった、ものか。
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「カマボコ切り身で・・・」「◆で誕生日ケーキ」 しんどい家に生まれました!!~今なら笑えるトンデモ人生~TVH
​ 「カマボコ切り身で・・・チラシ寿司」「砂を固めて誕生日ケーキ」 しんどい家に生まれました!!~今なら笑えるトンデモ人生~TVH

 初めは「父が居なくて・・・・・・」の二話。
 「家は屋上にあった掃除用具を入れておく小屋」「(母)今日はネ~、チラシ寿司を作るね」。
 「皿に広げられた寿司飯の上には、一面に<かまぼこの切り身>が広がっていて」。

 「友達のといころでご馳走になったチラシ寿司は、いろいろなネタがあった」。
 「(母)いいの!!,」「そこに並んで居たネタをネ、皆、すりつぶして練り上げたのがカマボコ」「お腹に入ると一緒なのよ」。

 「父が居なくて・・・・・・」の二話目
 「なぜか、父が幼いころに蒸発していなかった」「どうして見つけたのか、空いていた畳三枚ほどの小屋に勝手に住まいして」。
 「(母)今日は誕生日だねー、誕生祝のケーキを作ったワ」。
 「なぜか、青空のもとに連れ出され、行ったさきには<砂を固めた誕生日ケーキ>」。

 「丸く固めた砂の塊の表面には、枯れたヨモギの棒が歳の数を示す本数が」
 「(母)さぁー!!,灯を消しましょうネー」と、「両手で作った<砂の塊>をグチャグチャに崩してしまった」。

 「とにかく、<母はポジティブ>であった」と。「だから、(自分は)グレズに大人になった」。
往時、「一杯のかけそば」が週刊誌で話題となった。
 (1988年、札幌にあった一軒の蕎麦屋「北海亭」。 大晦日、お母さんと子供が二人北海亭を訪れる。貧しい家なのか一杯のかけそばを三人でおいしそうに・・・・・・・)。
 のちの誌面は「【試算】年収200万円ひとり暮らしでも「本当に」楽しく ...」の話題。
 https://financial-field.com/income/entry-159517

 ここは「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」(日本国憲法 第25条)を掲示するだけではなく、この一文を諳んじておく。
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攻勢布陣=銃後の投資先&防戦体制=非戦闘員に犠牲 代用食配給でしのぐ市民生活230325
攻勢布陣=銃後の投資先&防戦体制=非戦闘員に犠牲 代用食配給でしのぐ市民生活(生存権問われた時代)230325

開戦の波及
 中国大陸向け輸出貨物←釧路港貿易
 炭田の小ヤマ→太平洋炭礦(株)傘下
 地域に愛郷精神 史跡・天然記念物の国指定&偉人顕彰
 昭和天皇行幸 北海道大演習視察の途中

総動員体制
 南千島→資源確認調査
 臨時兵員確保→召集令状
 満蒙開拓&愛国飛行場ほか(計根別・西春別?&旧制中学生空港建設)
 釧路炭田産出量、戦前ピーク記録
 供出・援農・労力奉仕・配給制度&千人針

敗戦への後退 攻勢布陣が防戦体制へ
 英霊帰郷
 拡大の戦線、玉砕地の本土近接=アツツ島の闘い(1943年5月)
 志願兵(予科練、特攻隊志願者いたか調査中)・高齢者召集
 生存権危機&北海道綴り方連盟事件は釧根が舞台
 釧路炭田補鉱→九州へ鉱員移転
 隣組制度・物資配給・防空壕
 道東都市の空襲 釧路市立高女被災&庁立高女生徒犠牲
 その最終局面に「非戦闘員」犠牲

戦中・戦時を考察の意味&意義
 地域の歴史の一コマとして
 ・地域と時代に普遍性と特殊性を読む?
 ・本土被災を「戦いの加害者目線」で検討、社会的弱者に<ヒズミ&シワ寄せ>視角
 平和教育の重要な構成要素
(北海道教職員組合釧路支部編『釧路空襲』 発行年■?)があった筈ながら炭とするとしれば探索開始せねば)
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個性よりも好んで買わせる大衆性 「江戸のアート 浮世絵」<File576>
 個性よりも好んで買わせる大衆性 「江戸のアート 浮世絵」<File576>

三つの着眼点でまとめるnhk番組「美の壺」。その576集は「江戸のアート 浮世絵」。
 三点の<ツボ>を記載するに、1)「時代を伝える」。
 その2は「線と色に魂を込めて」。そして3)は「新境地を開く」。

 千葉市美術館副館長の田辺昌子氏は「個性よりも好んで買わせる大衆性」の趣旨で、浮世絵が時代の反映である、と。
 浮世絵保存の専門館で知られる太田記念美術館主席学芸員は「おいらんや歌舞伎役者の人気や名声を発掘する浮世絵にと浮世絵師には、<武士身分に依拠する江戸時代の身分制度の根幹を揺るがす>ものとして、政権は厳しく禁止策を打ち出す」旨の解説。

 現代の彫り師は、自身の名を冠ぶせて申す。
 「安積の線ではダメです」「晴信や広重、北斎の線で再現しなくては」。
 かくして江戸の美と気風が今の世に示される。「愉しみなさい、その人間力」。
 
 (例によって番組案内)
 https://www.nhk.jp/p/tsubo/ts/3LWMJVY79P/episode/te/GL6N682KWM/ 
「江戸のアート 浮世絵」 初回放送日: 2023年3月17日
人気アニメ「進撃の巨人」が浮世絵をモチーフにした作品登場!
▽新紙幣に北斎▽歌舞伎界きっての浮世絵コレクター・市川猿之助さんイチオシの浮世絵とは?!
▽春信・歌麿から北斎・広重まで…世界でも類を見ない浮世絵文化とは?
▽1ミリに何本!?彫師と摺師の超絶技巧▽人気急上昇の歌川国芳の秘策
▽1枚に300もの摺り度数!フランス人浮世絵師ポール・ジャクレーが浮世絵にもたらした革新とは?!<File576>.
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<入植時教育機関を今に持続>の地域力量 村落史の形を<太鼓>で意味化 31th釧根郷土芸能振興基金助成金贈呈式
 <入植時教育機関を今に持続>の地域力量 村落史の形を<太鼓>で意味化 31th釧根郷土芸能振興基金助成金贈呈式

 中西別草原太鼓保存会 贈呈団体が示した助成選定理由は長文とはなっていない。
 「中西別地区開基50年を記念し地域青年によって昭和53年4月設立する」。
 「設立以来週2回の練習に取り組み地域の各種演奏会に参加している」。
 「小学生・中学生・高校生への演奏指導を行うとともに幼稚園・中学校への太鼓授業を実施し後継者育成に努めている」。

 メディアに伝えられる<酪農の危機>。懸命に、かつ賢明に営農と経営に汗する酪農家像がにじみ出ている。
 他方で「北海道野付郡別海町 中西別中学校のブログサイト」を読むことができた。

 「(役場所在地以外の酪農郷に)中学校が存置され、『第46回学校祭に向けて、いよいよ太鼓の練習が始まりました』」とある。
 「今回も、丹羽さん、武藤さんに教えていただきながら、素晴らしい『族』を目指しています!」。→http://b-school.jp/blog/snakanis/

 学校統合がすすむ今、地域の教育文化の中核となる義務教育校を維持している点に注目。
 海外価格とのせめぎ合いで「諸経費高騰、生産者価格低減」下に、子女数を保つ難しさが透けて見える。そうではないだろうか。
 贈呈式には<幼子一緒>に、若きご夫妻が笑顔をみせて、受け取っていただいた。

 100キロメートルに及ばんとする地から、来るかを運転して飼育を<中抜き>して。
 そうではないのか。案じねばならぬ構図を想像もしたが、<仲間の確保><後継者育成>の真摯を思うのであった。

 開村は昭和4年。そういうことになりそうだ。
 想像するに<火山灰土>を伴う地に、入植直後の離村者続出を経て半世紀が経過。
 開拓に汗した一団は、「草原太鼓」で人心の結集をはかった。ある意味、ポエムの成立。
 今、海外乳製品との価格競争に翻弄されつつ、しかし、根強くも<地域文化>を掲げ続ける。

 中西別草原太鼓保存会 酪農村の<事・音・歴史の跡>で<輝き>続けて230221
 31th釧根郷土芸能振興基金活動助成金贈呈式 in 釧路センチュリーキャッスルホテル。
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「地区の<いやさかえ>と遠矢開拓当時の先人の辛苦しのび」 遠矢神楽舞保存会
「釧路町遠矢地区の<いやさかえ>と遠矢開拓当時の先人の辛苦を忍んで」。
 国道391号に面した釧路神社。そこの「落成御遷宮」にあたり、母郷の福島県相馬郡太田村益田の八坂神社に伝承する神楽を定着させた。

 明治44年に福島から遠矢に移住して牧場を開設した村田久悦という人が貢献する。
 自身移住後30年を経て、太田村から10名の指導者を招き入植者子孫に伝承した。そのように語り伝えられている。

 保存継承地は釧路湿原の東縁部に位置する。
 町外来住者が団地を形成し往時の農村地帯から隣接する釧路市のベッドタウンとして、地域は新しい表情に転じた。
 助成金申請書に今回から、新たな一項目が加わった。
 「地域に小学校の社会科、中学校の2年生の音楽授業において神楽舞の実演と体験ができる機会を作っている」。

 義務教育授業が<地域性>を重視するのは、昨今の重要な柱に加えられたから。。
 平成18年改正の教育基本法では、「学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力」(第十三条)項目が加わった。
 開村後の移住者子孫の家庭より、町制移行後の来住者家庭が圧倒的数量を占めるなか、地域の伝統文化に理解を示す機会を築いている。

 <形の上でも、意味のうえでも共同体の構成員>。
 新開地の新しい住民の結節として、新時代を迎えていることを実感させてくれる。

 「地区の<いやさかえ>と遠矢開拓当時の先人の辛苦しのび」 遠矢神楽舞保存会(守屋忠雄代表)。
 受賞者を代表し、謝辞を述べる務めも果たしていただいた。
 第31回を数える釧根郷土芸能振興基金(石田博司理事長)の活動助成金贈呈式。
 今年も3月21日の春分の日。釧路センチュリーキャッスルホテルで開催された。その一コマ。
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『挽歌』&『凍原』で、ともに主題となる「標茶町二股」 作品の舞台巡遊5th 230321
 『挽歌』&『凍原』で、ともに主題となる「標茶町二股」 作品の舞台巡遊5th 230321

 日本東方の一隅で育った女性作家の作品を読む、サークル活動。
 作品の舞台、作家の原点をツアーする3度のフィールドワークに続いては、中央図書館会議室にあつまり作品を検討する第二弾。

 『凍原』の舞台の一つは、青い眼をした男性の遺体が発見された現場。
 男性はなぜ、この場所で死ななければならなかったのか。舞台は整えられている。
 北海道警釧路方面本部女性刑事。ここで「女性刑事」というのも、不思議な気がするも。
 
 そこを「不思議な気」などと申していては、時代遅れなのかも。むしろ「トレンディ」さに注目しておいた方が良いのであろう。
 作品は、殺害された男性の足跡を追い始めるうち、遺体となった男性は自身のルーツを探し求めて樺太に及ぶ。

 作品の舞台となった「二股」地区の東北。釧路川を遡った一点に「二本松」なる地点がある。
 「義経伝説」。広葉樹の多い林相のなかに「二本の松」。そこを表して樺太経由、モンゴルに渡ることをめざした「義兄伝説」の広範な動きの一部を作者は想定していたものか。
 「作品の舞台巡遊5th 230321」では、5月の「塘路・二股巡遊」にあわせて、『挽歌』」か『凍原』。どちらかを読んでおきましょう、と。

 この機会を参加者のなかには「修学旅行」。そう位置づけて、今から楽しみにしてもらっている。
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「ぼたもち」と「おはぎ」 最有力説は<作る季節に違い>230320
 今年も恒例。近くの菓子舗・甘秀堂さんで逸品を求めた。
 「今晩、」どうしよう?。その問いに「春分の日が近いから<ぼたもち>を」。
 かく申すと、「それでは<仏花>も買ってきて」。

言われて家を後に。
菓子舗では予定どおりに購入できて。いつもの花屋の店先には「Closed」の掲示。
「あらあら、お休みだったわ」。帰ると家では「彼岸の最中に休むとは」。

ひとこと、付け加えておいた。「(花店では申す)多くの皆さんは17日、18日に用意されていましたもので」。
店の掲示の「I’m sorry」。そこがことのほか、『申しわけなさそう』であった。


「おはぎ ぼたもち」と入力したところ、「おはぎ ぼたもち 違い」の項目があった。
 その一つ。https://www.kanro.co.jp/sweeten/detail/id=789
 「おはぎとぼたもちでは作る季節に違い」が「最有力説」。

 そこのところの<詳説>を一くだり。
 「ぼたもちは江戸時代に春のお彼岸に食べられていた」。
 「おはぎは、秋のお彼岸に食べられていました。秋の七草のひとつである萩の花と小豆の形状が似ているため」。

 掲載写真は https://www.e-sogi.com/guide/17638/ にあった。
 春の「ぼたもち」、秋の「おはぎ」説を、1955年頃に本願寺派寺院の布教師説教で聴いた記憶がある。
 「小豆を牡丹の花に見立てたことで『ぼたんもち』と呼ばれるも、『ぼたもち』」説も、と。

「ぼたもち」と「おはぎ」 最有力説は<作る季節に違い>230320
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「生物が 生きられない 環境 人間も」の検索、二サイトに注目 環境クラブラインビデオ通話3rd
「生物が 生きられない 環境 人間も」のキーワードで検索、二つのサイトに注目。

 ●私たちの暮らしをも揺るがす? 生物多様性の危機
  全ての生命は、直接・間接的にかかわり合い、バランスを保ちながら存在。
 生物を取り囲む水・土・大気・光といった自然環境。生態系を構成するもののうち、どれか一つでも欠けてしまうと、保たれていたバランスは崩れてしまう。
 ●第70回 気候変動と生物多様性の関係 | 羽村市公式サイト
 その輪の中=生物多様性の関係 で抜け落ちてしまう種があると、生態系が狂って、輪を維持できなくなって。
 生きていけなくなる生き物が現れて、やがて人間も生きていけなくなってしまう。

 23年3月18日 午前10時。
 海ねこ環境クラブでは、「釧路湿原ソーラーパネル」のタイトルで<環境クラブラインビデオ通話>を開いた。
 1)釧路市指定天然記念物のキタサンショウオ生息地、2)エゾシカ生息地とその活用に関心を持つ方、それに広域高規格道路沿いのソーラーパネルに気がついている人。

 ラインビデオ通話は予定の時間を延長。終了は11時30分になっていた。
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<面>で狭隘<地域のモノつくり> 「観光客」にも結構ながら「まずは地元で開発力を試したい」230313
23年3月13日配布の『釧路新聞』。一面に「観光客に釧路の牛乳PR」と見出しが。
枝見出しというか第二段で、「酪農経営厳しい状況紹介」と振って「釧路空港パネル展」と事業内容の記載があった。

釧路空港に降り立った搭乗客のなかには、気象・風土・景観に<英国のスコットランド>を読み取る方が、多い。
事実、一様に「日本のスコットランド」と称するお方からの談話を聞かされている。

酪農定着200年。
そこまでは申しがたいが、今や乳牛飼育は地域の原風景となっている。
たんちょう釧路空港でのパネル展は、4月10日迄。会期中、3月30日からは<牛乳パックで作ったジャンボ牛>の展示。
4月1日&2日には<牛乳の無料配布>があるという。

釧路国では今日、白糠・鶴居・厚岸・浜中で<特製チーズ>、標茶で<吞むヨーグルト>が製造されている。
弟子屈町の道の駅では、<おっぱいミルク>の売り上げが、<摩周道の駅第1位>と聴いた。
乳牛の飼育頭数、生産生乳の生産量は<道内屈指>の位置にある。

しかし、自家製完成品となると、まだまだ脆弱。そういうことではないだろうか。
空港1Fにあった<厚岸・森高牧場産牛乳製のソフトクリーム>の店は姿を消した。
3Fレストラン街にあるお店で<牛乳ラーメン>、<厚岸湾・厚岸湖牡蠣+釧路国産椎茸+牛乳・牛肉のシチュー>や<牛乳饅頭>などなど。それらは未だ姿をみせていない。

<点>で存在しても、<線>でつながらず、<面>で狭隘<地域のモノつくり> 「観光客」にも結構ながら「まずは地元で開発力を試したい」230313.
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「知識で作った社会、知恵で創る社会に」 <含み資産> in 高齢者講座230316
「知識で作った社会、知恵で創る社会に」 <含み資産> in 高齢者講座230316

 「含み資産 画像」。ネットの検索覧に記載して、登場の絵柄を楽しみにしていた。
 「含み資産」の概念を描画するとどのような絵柄となるか。
 「【冒険管理のドクターR・18】含み資産経営から負債管理型経営へ・・・」のページ。
 
 文中に「数字が見えてこない不確実な経営というものは避けた方が良いじゃろう」とすら、書いてある。もちろん「含み資産」は「証券用語」。
 そこを斎藤孝氏は「読書は国民の含み資産」と、岩波新書『読書論』に書いた。

 でわでわ、証券用語たる「含み資産」。
 それを文化資源として、生涯学習に活かしてみようではないか。
 熊本県水俣市には、いろいろなキーワードを示す。

 「他人はかえられないから、自分が変わる」。
 「課題解決では間に合わない、付加価値の創造を」。
 「対立するエネルギーがあれば、付加価値創造のエネルギーに変える」。
 「(世界に類例のない産業公害は)人類が自然に近づきたから発生した」。

 たとえば「自然に人類が近づきすぎず」。
 でわ<世界に類例をみない産業公害>が、<発生する距離>と<発生させない距離>を物差しで示せ。
 しかしそれは<目には見えない距離>というものでは、ないか。

 世の中には「目で測ることのできる距離」は確かにある。その計測結果を今、<知識>と決めることにしたい。
 他方で、「目で測ることのできない距離&間合い」という領域もあるではないか。その<距離&間合>の領域を<知恵>と受け止めては、いかが。

 高齢者の講座。年に48コマ、合計64時間の講座を2年間続ける。
 参加の人びとは<日常のなかに未知の領域>に接することができたなどなど。
 好評を博している。そんな高齢者講座と5年間のお付き合い。

 「知識で作った社会、知恵で創る社会に」。
 今日、高齢者講座のそれ=「知識で作った社会、知恵で創る社会に」は、世に <含み資産>と申して結構。重要な<文化的資産>となっている。
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事を実にして是を求む 考証学&校勘学的手法の実践「実時求是」230316
  実事求是
 「考証学」。往時、そうした学問領域があったらしい。
 「事実の実証に基づいて、物事の真理を追求する」と訓辞られている。
 「事(=こと)を実(=じつ)にして是(=ぜ)を求もとむ」と訓読するようで。

 昨秋から自費出版のお手伝いをさせていただいた。
 その著作のなかで言及されている、主人公の依拠する理念、学問の姿勢を象徴する用言とされていた。
 だんだん、教えてくださるお方が居て、そもそも隣国の中国古典『漢書(=かんじょ)』「河間献王徳伝(=かかんけんおうとくでん)」が出典と判明。

 本邦では江戸時代後期の人狩谷棭斎(かりやえきさい―1775~1835)が紹介したものと、知った。
 出版は2月1日に終えたのだが、後日談を紹介された。
 昨冬11月15日から、令和4年度企画展示「棭斎EKISAI ―実事求是を追究した江戸の学者 : 梅谷文庫を中心に」が開かれている、と。なんと「11月中は、貴重書の現物を展示」とする力の入れよう。

 事を実にして是を求む 考証学&校勘学的手法の実践「実時求是」230316

校勘学的手法.
それを「考証学の一つ」。「正確な原文を得るために経籍数種の異本を比較考証して研究するもの」
 「その方法として、古写本、古版本、古類書引用の文、古注、金石、文法・句法、古韻などによって推論、帰納をする」。これもまた、興味と関心がわく。
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国土世界一、本邦面積の45倍、広大な国土  ロシアが領土拡大のワケ230308
 国土世界一、本邦面積の45倍、広大な国土  ロシアが領土拡大のワケ230308

国立シンガポール大学リークワンユー公共政策大学院 兼任教授の田村 耕太郎氏は書く。
 1)「ロシアは世界一の国土の広さ」
 2)「面積は約1710万㎢、日本の約45倍」で「東西に大きくまたがるため11ものタイムゾーン」。
 3)それゆえに「陸続きの国境線が伸びれば伸びるほど侵入される恐怖は増す」。
   https://toyokeizai.net/articles/-/656399?page=2 

 そこでと。プーチンが焦る理由はの、まさに次がポイント。
 4)「『攻められる前に、こちらから攻める』というマインド」
 5)「生きていくために『不凍港』を求める動きが合わさる」。

 日本東方史の軌跡で明確
 A)海獣毛皮交易と不凍港通商をもとめてロシア南下の歴史
 B)日ロ間には「脅威の時期」と「友好の時代」の積み重ね
 C)条約で線引きをした時代もあったが、
 D)北海道の東半分=白糠郡&留萌郡以東、以北の領地下要求
 E)国後・択捉・色丹・歯舞群島の占拠。
 F)1956年からの「日ソ国交回復」&翌年に「日ソ共同宣言」。
 G)2022年2月にウクライナ侵攻、制裁措置に不満で平和条約交渉ストップ。

この先、北海道東部のせめぎ合いはいかに。
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MEMO
 BLOG記載のMEMO 放送・新聞・蔵書と紙片230313

身辺整理の途次に、現れるは現れるわ。紙片に記載の意味不明文字群。
 放送・新聞・蔵書と紙片。読みたび、聴く都度、かたわらの紙片に記載する。
 急いで記載。ために<行>がかさなったり、<字>のくずしがいい加減であって。自身ながら、判読に苦心する事あるも。

 230313 かたわらの紙片に記載の一覧。 陽の目をみるは、いつぞや。
●221217 TV観戦MEMO
身延山総本山に務める僧が提案。「修行走36キロメートルマラソン」 
nhkBS3番組 エキスパートを探して 身延山線 ぶらっとニッポン鉄道旅221217

前日は「菩提梯」なる階段昇り。拝殿で参拝して一泊。翌日の本番に備える。
本山参詣客減の現実に「現役世代の参加促進をめざす」と。

●230110 シニア大学「上手に歳をとる」。
(学 部)=地域理解 他者を孤独のなかに置きざりにしない。
(研究科)=地域貢献 自身を孤独の中に置き去りにしない。
(聖職者)=「同行二人」(弘法大師)
=「一人いてしも悦びなば、二人と思え二人にして」「悦ぶおりは三人 みたり なるぞ」「その独りこそ、親鸞なれ」(伝教大師)→「弥陀の智慧と慈悲」

●発達障害者の会 月に一度 「外に出て行こう!!」と「紹介されても実態とマッチしない」。
 自身は最年少。「ミーティングで4時間の拘束は実に長い」と感じる。
 参加者や指導者とは共通目線で喋りたい。目標は不安感、焦燥感からの脱却にある。
(洋平さんとの対話かなー)。
●トリプルタウン 「強固として非難」「国際社会に訴えて北朝鮮」「安田純平 なにもできない」「加島銀行=40歳 大同銀行」 志學館大学人間創造学科 原口清」

●「時間を稼げる」「第三世代の司書養成」「教育・研究・地域貢献を検討せねばならない」「類似業績で拮抗していおり、判断には形と意味が必要」。

●「指定管理者 非正規雇用の体制」「根釧以外からの学生募集」「情報主体移行の図書館司書養成」

●疲れた時には美術館 台東区モノマチ協会

●Bottom Up &Quize 北方型生活様式
1)一級検定合格者が出題する価値 2)誰でもが地域を説明できる 3)知で己をかえる
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 <モノ>の記憶、短時間で忘却 <伝承>は<祈りと供物>で数百年 自然災害口承伝承230312
 <モノ>の記憶、短時間で忘却 <伝承>は<祈りと供物>で数百年 自然災害口承伝承230312

 代々にわたり繋ぎ、かつ語り伝えられてきた時間の長さのみが貴重なのではない。
 根室国の出身で本市に在住された北道邦彦氏は、知里幸恵著『アイヌの叙事詩』の解説で、神謡は「特殊で優れた口承文芸」、「叙事詩は文字を使わないからこそできる芸術」(152p)と書かれている。

そのうえで神謡の伝承者を、「そっくり暗誦しているということではないのです」とし、いくつかの継承するべきキーワードとストーリーの概要を受け継ぎ、時代と場面によって「自在に語ることのできる能力」「文字に頼る民族には考えられない特殊で優れた口承文芸」とする29)。

 然れば、である。釧路国に語り伝えられてきた内容
  (A) 採録されている口承伝説は単なる偶然かも知れぬが、アイヌ民族生活圏それぞれ異なる領域の「接点」付近に存した伝説となっている(筆者註 「クシロの津波」と「津波と春採湖」は二人の伝承者による同一の津波伝説と理解するも)。
 (B)それ以上に語り伝えられた意味内容の重要さがある。そして。
  (C)その内容が、語り伝えられるべきコタン生活者の生命をまもり、被災せぬよう、かつ被災しても被害を最小限にとどめとしてきた意義機能。

 実にこの三点の意味と意義が込められていると受け止める。
 近代において文字を駆使する文化は、「自然災害伝承碑」を建立し印刷資本を通じ伝承と被災の風化をめざす。アイヌ民族社会で語り継ぎ続けられてきたエネルギーと伝統、口承伝説が果たしてきた機能・意味・意義を学術のうえからも評価し、地域のメモリアムとして受け継ぎたい。
 (佐藤宥紹著「1.アイヌ民族伝説にみる津波伝承と地名」 酒井多加志監修『釧路の自然災害と防災・減災』 2022年3月 釧路市発行所収))

 「自然災害」。
 その事実を伝えるため、釧路国には「五伝承、二地名、二災害オブジェクト」がある。
 伝承は長いもので300年、短くも150年の間、アイヌ民族社会で継承された、

 本州からの移住者子孫が、残す「災害オブジェクト」。設置の世代は記憶するも、次の代には記憶が消えていまいか。
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防災・減災のメモリアム 国土地理院図「自然災害伝承碑データ」ベース230312
 防災・減災のメモリアム 国土地理院図「自然災害伝承碑データ」ベース230312

 今日、国土地理院は「自然災害伝承碑」を次のように規定する。
 「国土地理院では、災害教訓の伝承に関する地図・測量分野からの貢献として、これら自然災害伝承碑の情報を地形図等に掲載することにより、過去の自然災害の教訓を地域の方々に適切にお伝えするとともに、教訓を踏まえた的確な防災行動による被害の軽減を目指します」とする8)=国土交通省国土地理院「自然災害伝承碑(津波)」
 https://maps.gsi.go.jp/#7/39.440435/140.822754/&base=pale&ls=pale%7Cdisaster_lore_4&disp=11&lcd=disaster_lore_4&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0&d=m (211231 11:25閲覧)

 自然災害伝承碑
 図は地理院地図で公開している「自然災害伝承碑データ」から提供してもらっている。東北部分図であるが、岩手県・宮城県の太平洋岸の密度はきわめて高い。当時の住民に「地震は繰り返す」の思いがあったかどうかはさておく。
 しかし地震も津波も防ぐことはできないが、人命を守るうえで不可欠。
 そう考え、行動した「知恵」である。災害を津波のみにとどめない。むしろ洪水・噴火・土石流など含めて、その教訓と被害の軽減をめざす取り組みは広がってきている。
 そして自然災害伝承碑をめざして避難した例も示された。そうした点に注目しておく。
 (佐藤宥紹著「4.国土地理院図で自然災害伝承碑」 酒井多加志監修『釧路の自然災害と防災・減災』 2022年3月 釧路市発行所収)
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地震50分前の写真残る大船渡駅 今は廃駅、軌道交通はバス路線に転換230311 
地震50分前の写真残る大船渡駅 今は廃駅、軌道交通はバス路線に転換230311 

 (1993年9月 大船渡駅前商店街)
 駅前商店街の店先の柱に刻された「津波跡高度表示の切り込み」。
 その表示をみながら、筆者は考えた。軒先表示の刻印は「明治29年三陸沖地震」、「昭和8年三陸沖地震」。
 いずれかの地震でうけた津波被災による津波到達点の標示と考えられる。
 東日本鉄道会社・大船渡線大船渡駅。旅先のこの地で、避難するなら「この場所=大船渡駅」。

 (東日本鉄道会社・大船渡線大船渡駅は、2011年3月11日被災で全てが失われた)
 のちに東日本鉄道会社・大船渡線大船渡駅の標高を確認しようと調べてみていて、判明した。「初の訪問地で津波被災したら、大船渡駅舎に避難」というは、間違った判断なのだ。そうしたことを思い知らされた。

 2011年3月の被災で大船渡駅は、駅舎や関連施設の大部分を失い、バス輸送に代替され廃駅となっている。

 (津波で駅舎流失=地震発生50分ほど前、資料館職員撮影の駅舎内写真がネットにアップ)
 <商店街より高度差のある地点にあった>とする記憶があやまりなのか、それまでの体験と記録を超える津波の高さということか。駅の位置は移転し、輸送方法も施設・設備も変更した<想定外>の津波被災。そうした結果に当面してきたことになる。
 かえりみるに「平成 23 年(2011 年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)」(以下、本論では「東日本大震災」と記載)は、そうした「過去の体験」をうわまわった、甚大な被災であった。
(佐藤宥紹著「2.三陸沖地震地帯での見聞体験」 酒井多加志監修『釧路の自然災害と防災・減災』 2022年3月 釧路市発行所収)
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佐々木家
 山林から搾乳牧場 別保原野から緑ケ岡の進化230310

 『釧勝根北 せんしょこんぽく 写真帳』に掲載の一枚の写真。
 「釧路國白糠郡庶路村 牧畜酪農 佐々木牧場」と「場主 佐々木輿兵衛」が左右の行に書かれている。
 図の下には「釧路町字茂尻矢 もしりや 牛乳搾取佐々木牧場釧路分場ノ景」の記載。

 今日、釧路市緑ケ岡一丁目&三丁目の地は、「別保原野南28線」「別保原野南27線」に相当する。
 丘陵の凹地をぬって「サルウシナイ川」が流れ、下流部には「茂尻矢 モシリヤ」の地が広がる。その流域の丘陵一帯には原始林がおおっていた。
 そこを明治16年に佐々木輿兵衛家が払い下げをうけ、山林経営の後、搾乳牧場を開設した。
 
 『釧勝根北 せんしょこんぽく 写真帳』は大正4(1915)年の発行である。
 当時の釧路町は人口が3万人に迫っており、欧米からの酪農、生乳に象徴される飲用牛乳はヒットしたようだ。
 別保原野の地ではおさまらず、西の白糠郡にも乳牛飼育地を開設したようで。

 掲載の図にある「釧路町字茂尻矢 牛乳搾取佐々木牧場釧路分場」の説明の背景となる事柄。
 二代目は牧場の拡大を背景に旧制函館中学校から東京帝国大学農学部にすすむ。
 緑ケ岡学園理事長を務め、その人脈で短期女子高等教育機関を築きあげた。
 
 建学の思いは「18歳女子教育間口の確保」にあった。
 その施業対象地こそ「茂尻矢 牛乳搾取佐々木牧場」、そのものなのだ。 
 開学には資金を自ら調達しなければならなかった。牧場隣接地を宅地造成し資金を調達した。

 「分譲地が高すぎないか」。しかし、佐々木はゆるがなかった、とされる。
 「気持ちは、わかる!!」。
 「しかし、それを聞いていると女子短期大学を開学できない」。かく叫んだと言う。
 
 共学となった釧路短期大学。西暦2024年に開学60周年を迎える。本年は「開学60年」ということ。
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消費地電力会社=本国 対 再生エネ電源開発地=植民地230217
 消費地電力会社=本国 対 再生エネ電源開発地=植民地230217

 旅の途中、往来の石山に樹木の姿、跡形もなく。
 太陽光発電のパネル林立のパノラマが展開している。
 230226のMEMOに以下の、記載。

 1)電力消費地の電力会社は、発電委託地を「植民地」と呼んでいる(上から目線)。 

 2)自然再生エネルギーは、電力消費地と発電地域を近接させる機能が期待される。 
   (環境負荷回避、自給自足で光、水、土、植物があれば暮らしもモノつくり可能)
   (酪農産業廃棄物、木工場おがくず、地熱発電には域内で循環し、域内で完結する可能性)

 3)電源開発地=植民地に危険負担、環境負荷を強要し、人口・利益・情報・資金の一極集中で権力・経済・文化の寡占化、支配力を高めている。
   (応分負担と応能分散=不可欠ではないか)
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「忘れしゃんすな 山中道を 東ゃ松山 西ゃ薬師」 山中温泉に伝わる古い名曲「山中節」230204
 石川県民謡/編曲・日高哲英「山中節」の初回放送日は2023年2月4日ということで。
 <湯上がり手ぬぐい>を模した、舞妓さんの表情が、いかにも<湯の香り>をただやわせていた。
 山中節は、「石川県加賀市の山中温泉に伝わる古い民謡。『江差追分』や『磯節(いそぶし)』などと並ぶ「日本三大民謡」の一つ」と、紹介されている。

 1950年前後。実家の駅の待合室に「遊ばせ上手の山代温泉」。そんなポスターを見た。 山代温泉、山中温泉、片山津温泉は加賀温泉郷を代表する三温泉。
 「遊ばせ上手」は<半年にわたる危険な航海>を乗りきった、<北前船>船主をもてなしつつ<鍛えられた>。

 「歌詞の一例」。その記載があった。
 https://www.worldfolksong.com/songbook/japan/minyo/yamanakabushi.html 世界の民謡・童謡」
 忘れしゃんすな 山中道を 東ゃ松山 西ゃ薬師
 送りましょうか 送られましょうか せめて二天の橋までも
 おまえ見染めた 去年の五月 五月菖蒲の 湯の中で
 山が高こうて 山中見えぬ 山中恋しや 山憎や
 谷にゃ水音 峰には嵐 あいの山中 湯の匂い
 薬師山から 湯座屋を見れば 獅子が髪結て 身をやつす
 夕べ習うた 山中節も 今朝は別れの唄となる

 もちろん当時、小学生だった筆者には知る由もなし。
 加賀温泉郷-北前船-北海道。おのずと一定期間の滞在となる。
 「東ゃ松山 西ゃ薬師」「送りましょうか 送られましょうか せめて二天の橋まで」
 「今朝は別れの唄」。

 「忘れしゃんすな 山中道を 東ゃ松山 西ゃ薬師」 山中温泉に伝わる古い名曲「山中節」230204

 歌詞には広範囲から山中温泉への<ひいき>。<なじみ>も生まれて、<今朝は別れ>に。
 山中温泉に住む女性には<山が高く>て、<男の顔>も臨めない、と。
 ページは記載。「温泉には、『山中節』にうたわれる景色を一望できる展望広場「山中節の見える丘」が整備」、と。
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岩本橋(眼鏡石橋)-万田坑-荒尾駅 父親との辛い別れが沁み込んだ「荒尾駅」230307 
 1)形の産業遺産群
 2)重文指定基準1で「(二)技術的に優秀なもの」
 3)重文指定基準2で「(三)歴史的価値の高いもの」
 https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/00004133 230307 9:00

 国指定重要文化財 三井石炭鉱業株式会社三池炭鉱旧万田坑施設.
 「石炭を産出することは近世より知られていた」。
 「近代に入って一度国有化され、その後三井に払い下げられた」。
 「万田坑第二は明治41年(1908)の竣工」
 「いずれも石炭を送り出すための第一竪坑とは別に、人員の昇降などを主目的として作られた」
 「櫓や巻き上げ機室、附帯設備などが残っている」。

 岩本橋からJR九州の荒尾駅に向かう7キロメートルの途次にある重要文化財。
 煉瓦32万枚使用とか申す事務所等の諸施設。
 第一竪坑櫓は1899(明治32)年、第二竪坑櫓は1908(明治41)。巻揚機室、汽罐場、選炭場。
 <團琢磨(だんたくま)等の努力で、(採炭技術の近代化を急速に進め)明治、大正、昭和期を通じてわが国の近代化の牽引役を担い、各種産業の勃興、発展を促した>。
 ここがポイント。

 俳優・火野正平さんが自転車で旅する「にっぽん縦断 こころ旅 - nhk」.
 230307の放送は熊本県荒尾市。八戸市に在住の女性73歳が投稿していた。
 自転車の旅は「熊本県荒尾市上井出にある岩本橋(石橋)=三池往還の肥後と筑後の藩境の関川に架かっていた橋」から、出発。

 産炭地を背景に乗降客が多かった荒尾駅。今は閑散たる駅フォームで手紙が読まれる。
 「八戸に嫁ぎ年に一度の実家帰り」「帰ル時には父さんが杖をつきながら荒尾駅で見送ってくれた」。
 「(父は)90歳を過ぎても駅に来て、見送ってくれたが・・・・」。「帰るたびに、年々表情に<老い>を感ずるようになりました」。

 「少し離れてからも、懸命に手を振って見送ってくれた父」「(たまらずに)父さ~ん、元気でネー」「そう言うと、ワシは元気だ!!、心配せずに頑張れ~」「(私は)小走り走った物陰で、涙があふれてしまいました」。
 「その2年後、父は亡くなり、最後の別れとなりました」「荒尾駅は父との別れ、その悲しみの駅です」。

岩本橋(眼鏡石橋)-万田坑-荒尾駅 父親との辛い別れが沁み込んだ「荒尾駅」230307 
2022年12月13日 (火)放送 「【熊本】炭鉱の町を走る」。午前6時放送 nhkBS3
 (番組案内)
 かつて炭鉱で栄えた町で育った優子さんは青森県八戸市に嫁ぎました。
 年に一度の里帰りをして八戸に戻る時、父親が高齢になるにつれ、来年も会えるだろうか・・・これが最後かも・・・と思うと、手を振る父親の姿を見て涙があふれたそうです。 そんな父親との辛い別れが沁み込んだ「荒尾駅」へ向かう正平さん。途中、炭鉱の町を偲ばせる三池炭鉱万田坑跡にも立ち寄り荒尾市の歴史を感じ取りました。
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生涯学習・釧路学・比較文化・地域創造演習 釧路湿原シニア大学・大学院2023・2024年次開設科目23030

◎釧路湿原シニア大学・大学院(初年次)
 (春)「生涯学習Ⅰ」   生涯学習のWhy
 (夏)「釧路学Ⅰ」    乗算から乗数に転じた基幹産業、実は減算の始まり
 (秋)「比較文化Ⅰ」   変わる家族の形
 (冬)「地域創造演習Ⅰ」 「(広島市東区)歴史の散歩道」

◎釧路湿原シニア・大学院(初年次)
 (春)「生涯学習Ⅲ」   生涯学習のWhy
 (夏)「釧路学Ⅲ」    乗算から乗数に転じた基幹産業、実は減算の始まり
 (秋)「比較文化Ⅲ」   変わる家族の意味
 (冬)「地域創造演習Ⅲ」 「エコミュージアム 『北海文学』 女性作家の原郷土」

◎釧路湿原シニア大学・大学(二年次)
 (春)「生涯学習Ⅱ」   生涯学習のHow
 (夏)「釧路学Ⅱ」    加算から乗数に転じた基幹産業
 (秋)「比較文化Ⅱ」   変わる家族の意味
 (冬)「地域創造演習Ⅱ」 「(厚岸町湖南地区)あっけし史跡の杜公園」

◎釧路湿原シニア・大学院(二年次)
 (春)「生涯学習Ⅳ」   生涯学習のHow
 (夏)「釧路学Ⅳ」    環境に文化を読む
 (秋)「比較文化Ⅳ」   文化的多様性ーアイヌ民族文化ーの理解
 (冬)「地域創造演習Ⅳ」「エコミュージアム ふるさとの歴史の散歩道・くしろ元町」
              (担当 佐藤 宥紹 城山モシリヤ学コミッション調査役)

生涯学習・釧路学・比較文化・地域創造演習 釧路湿原シニア大学・大学院2023・2024年次開設科目230306
 1988年2月、釧路老人大学院講座に出講して以来、年に一度。長く関わってきましたが、少しまとまった話を必要とするようになりました。
 公営で開設された北海道老人老人大学釧路校が改組され、釧路湿原シニア大学として民営化されました。2005年のことです。

 この経過をうけ釧路老人大学院は釧路湿原シニア大学院となり、在籍学生の卒業期は「湿原シニア」に移行したことを起源としています。
 近年、「大学」のネーミングが<独り歩き>するようになりました。「大学」に相応しい講座内容。そして「大学の名」に恥じない運営の透明性が必要になっています。
 地域の高等教育機関経験者の参画。その点が不可欠となりつつあります。
 「市内の高等教育機関を札幌の植民地にしないためにも」。
 そこまでは申しあげているわけではありませんが。
 他方でこの地を愛し、このマチで地域創造に尽力されている方に深甚の敬意を申しあげつつ
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「 付加価値高め事業継続」230227  地域は成熟できるや230303.
 「 付加価値高め事業継続」230227  地域は成熟できるや230303.

 2023年03月01日。市内を中心に配布される紙面のトップは、次の見出しで飾られた。 「付加価値高め事業継続」「蝦名市長 予算編成、政策など講話」。
 地方公共団体の首長から「付加価値高め」の発言が出た。「釧新懇話会」2月例会での講演ということ、だ。

 文脈は次のように記載されている。市長が話したのは次のワンフレーズ。
 「釧路の自然の魅力を発信するときにはストーリーをつくることが大切だ」「自然保護に取り組んでいるストリーを紹介することで地域の価値があがる」と語ったようで。

 記者はそれを承けて「付加価値を高める継続した事業の重要性を強調した」と結んでいる。
 2023年9月、北海道内で「アドベンチャートラベル・ワールドサミット(ATWS)2023」が開かれ、釧路エリアでは「ポストサミットアドベンチャー」が併設されるようだ。
 その機に向けて市長は、「自然の魅力を発信するときにはストーリー」「自然保護に取り組んでいるストリー」の創造を語ったようで。

 人によっては、「釧路は<日本の自然史博物館>」と申してはばからない。
 ポイントは、「自然の魅力を発信」と「「自然保護に取り組むストリー」が、どこからでも、だれからでも、いつでも、どのような形でも。発信されることが重要では。

 「どこからでも、だれからでも、いつでも、どのような形でも」の発信を生み出す力量。
 それを「地域の、地域にのヒトによる、地域のヒトのための<含み資産>」。
 そう申しておくべきではないか。「べき論」ではなく、平時の「営為」として目指したい。
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「多様性や共生体感」230227 地域は成熟できるや230303.
「多様性や共生体感」230227 地域は成熟できるや230303.

 2023年03月01日。市内を中心に配布される紙面のトップは、次の見出しで飾られた。 「多様性や共生体感」「都市部企業モニターツアー」「阿寒湖温泉」「アイヌ文化を学ぶ」。 催事では阿寒アイヌコンサルン理事長と、モニターツアーの開発者の談話が掲載されている。

 ここでは、その二者の発言に注目しておく。最初は阿寒アイヌコンサルン理事長の講話要旨。
 「アイヌ民族文化の価値観、信仰などについて具体例を挙げながらアイヌの世界観を紹介」。
 当人の発言で「『世界には多種多様に異なる民族が存在している』。『伝統や文化を正しく理解して尊重し、互いに違いを認めあうことが大切』と共生の重要性を訴えた」。

 注目する二人の発言の紹介。次はモニターツアーの開発者の談話。
 「アイヌ民族文化が伝承され、前田一歩園財団をはじめとする地域の人々が自然を守るこの地域は、多様性や共生を考えるにはうってつけの地域」、とし。
 「次年度以降も市とワ―ケーションの推進に取り組み、パーソナル単独でも企業研修を展開できるようにしていきたい」。
 そう括ったと、記事は結んでいる。

 この催事の主宰は、市内で委託業に従事する会社。東京から派遣された コンサルタントが企画している。
 阿寒湖温泉で首都圏の「人材サービスやIT,建築業など5社から7人」が参加したようだ。
 先に企画された「観光立国ショーケース」。そのなかで阿寒湖畔の意味・意義づけに「カムイの休日」とするコピーがあった。

 「この企画と補助制度は、『地元発』のものではない」。瞬時にひらめいた。
 地元の役人が、「「カムイの休日」と表現するなど、考えられなかった。
 それよりさき児童文学者が「自然保護には、必ず<神>を設定する必要がある」。この論にも、地元で注目するヒトは少なかった。

 「多様性や共生体感」、「前田一歩園財団をはじめとする地域の人々が自然を守る」の観点は、少しずつは広まってきているかも知れぬ。
 が、市民の目線は「企業誘致と外部投資の対象地」に<血まなこ>ではないか。

 「多様性や共生体感」、「前田一歩園財団」も、外からの指摘=「風の情報」を待ってはいけない。
 「土の情報」= マチ中から発信する、市民の<含み資産>で説き明かしたい。
 ここに申す<含み資産>が豊富化、富裕化すると、地域はおのずから<自信>をもてるのではないか。
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 由緒・出自・作品に秀逸 「110年前のひな人形 令和の節句彩る」230302.
「110年前のひな人形 令和の節句彩る」 市内を中心に配布の紙面一面に掲載された。 110年前。さかのぼること1913年のことであり、「父が京都へ反物の仕入れに行くたび」に「今年は三人官女だよ、ひな壇が増えていった」。
 今に継承するお方は、そう語っておられる。注を付しておくと、談話にある「母」は、語り部の「母」のこと。つまり「父」は祖母にあたる。

 紹介に、次の点がある。
 「(人形の)衣装は正絹、お道具も全て蒔絵、正装、本塗りと現代では考えられない由緒正しい品」。
 公開の<ひな壇>は由緒があって、往時の職人が精魂こめた作品。当時は「名家、富裕家庭に備わる水準」の逸品。そういうことに、なるはず。

 というのも、この記事に紹介された経緯。
 それを山形県は酒田港。特産の<紅花で造る紅玉>を京都の染物問屋に卸す商家の習慣を見聞したことにある。
 茜。その色合いを発する天然染料を、はるばる東北から機内に届ける。

 帰路、紅花商人は愛娘の成長を楽しみに、「内裏」「三人官女」「五人囃子」「調度品」と年次を重ねて調達した、と。
 毎年、肥前・佐賀の公益財団法人鍋島報效会 徴古館では、鍋島家旧蔵の「ひな人形展」が開かれる。
 今年も2月11日から3月21日まで「鍋島家のひな祭り 会期中無休」を開催中、と。

 というのも、<ひな檀>が庶民の家庭に普及するのは、関東大震災後に百貨店が売り出したことが、契機であると。それを筆者は1980年ごろに承知した。
 鍋島家など大名家や、京の貴族の末裔は<一括調達>が可能であったはず。東北、北海道の名家には、それは<高嶺の華>であったかも。

 そうした思いめぐらす3月2日、『釧路新聞』一面に記載の「110年前のひな人形 令和の節句彩る」。
 そこには、「遠かった日の釧路」の一コマが投影されていた。
 記載のほかには天然染料で仕上げた衣装が、合成染料には叶わない深み・奥行・風合いを増しているはず。
 ここに願わくは継承する女系の繁栄を、これからの時、処、機会で願い、<継承されているお方>にエールを送らせてもらうことに。

 由緒・出自・作品に秀逸 「110年前のひな人形 令和の節句彩る」230302.
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タンピン、たんぴん、単品開発能力、技術力、チェックの力量 「<含み資産>が衰退」230302
男性が問うた。
「ニチロマルハ釧路は、遠洋はどこまで船、出してるんだろうか」
「さんま、イワシ、サバはそれぞれ漁場が違うのに」。
戦後、このマチには「五大水産会社」という日本、日魯、極洋、極東、マルハ大洋が出そろった。うち、日魯は缶詰工場の操業を続けている。

答えて応じた方がいる。
「マルハの船もあるけど、船はいろんなところから来ているみたい」
「釧路の船はだいぶ、やめているのかもです」「えっ、そんなところから来ているんですか?って、言った覚えがあります」。

筆者は書いた。
「ニチロの缶詰の話ですが、北海道というか、釧路は何をするにも単品なのですよ」。
「魚なら魚のみ」「山形の村山に、突然、サバ缶詰ブームが起きます」。「なぜか」。
「サクランボの缶詰加工を始めたところに、原料がなく操業を休むことになる」。
「その端境期にサバ缶詰を作り、かつ、その缶詰をマチ中に普及させるわけ」。

「折からの青魚ブームに乗っかって、普及に拍車がかかって、サバ缶詰の使用が広まります」
「デザートにはサクランボの缶詰が使われたどうかは、わからないけど、さ」。

承けて女性は、加えた。
「(地域は)単品、タンピン」「何をするにもたんぴん」「単品じゃダメってことですね」。

明治大学教授の斎藤孝氏が書いた。「読書は地域の含み資産」。
タンピン、たんぴん、単品を克服するには、モノとモノ、方法と方法、既存の設備を有効利用する<人間の知恵・経験・技術・投資>が不可欠ではないか。
そこを可能にする相対的力量。形にはなる前の、潜在的力量を<含み資産>と考えては如何。

時々、自動車のリコールが報道される。良かれと開発したニューモデルに欠陥。
指摘されていることは開発能力、技術力、チェックの力量。庶民の側にあった「開発能力、技術力、チェックの力量」が、エリートの側に収れんされ、長く培ってきた「庶民の手にあった<含み資産>が衰退」しているのでは、ないか。

タンピン、たんぴん、単品開発能力、技術力、チェックの力量 「<含み資産>が衰退」230302
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ハード・ソフト・ガイド 三位一体の計画都市化230301
  ハード・ソフト・ガイド 三位一体の計画都市化230301

 北海道東部の一港湾都市。
 このマチの「原港区 げんこうく 自然港湾時代に貨客の輸送拠点として成立した港湾基部の区域」背後圏で、区画整理事業が企画された。
 施政者は「地域で最初に開発された地域を、最新の景観に作り替える」。意欲をもって、取り組んだ。釧路市米町区画整理事業。
 昭和の末に始まり、平成の初頭に完工した。

 街路整備・避難施設・下水道整備。入り組んだ住居区域に小路を設け、街路を拡幅して、緑地も確保された。
 マチの風通しは良くなったが、土地所有者はそれぞれに幾分かの所有地に減歩を求められ、これを機に離郷する人もあらわれた。
 ハード事業でマチの景観は整備されるが、住民の距離、離郷の民、木の壁からコンクリートの建造物も増えて、表情が<硬く>なった。

 ハード事業の担当者は、そこにソフト事業を重ねることを考えた。
 他課の参画もうけて「ふるさとの歴史の散歩道」「啄木歌碑20基」の混建立に取り組んだ。
 旧来の7基とあわせ、一行政区域で当時は27基の「啄木歌碑」を擁したから、その取り組みには<感嘆の声>が寄せられた点は、言をまたない。

 話は、ここで<一話>となる。ただ、本州のハード整備事業に照らし、備えていない点が一項目。
 整備されたソフト事業は、居住する市民の文化度を高め、居住地への愛情に加えて、地域の属性を内外に示す。
 「地域の愛情&属性を内外に示す」で他の地域から、対象地域への<求心力&吸引力>を高め、かつ、深めるパワーポイントではないだろうか。

 啄木歌碑で申すと、近代短詩文学の研究者や愛好者、熱烈な支持者にあてはまる「専門家・玄人」が存在する。
 他方で次世代の育成を含めて、これから関心を高めよう、深めようと<作品の舞台>を訪ねる市民が増加している。
 この間にあって、<専門家ー市民>を結ぶ、ガイドの存在とその階層。

 ここに、いささか<薄い>部分があるのではないか。そこに<地域の含み資産>の「薄力 はくりょく うすさ」を感じとり、次の行動目標にすえておきたい。
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