支払額今風も実入り極貧 江戸後期、辺境地の地酒事情240624
 支払額今風も実入り極貧 江戸後期、辺境地の地酒事情240624

 文化6=1809年記載の幕府旗本筆による復命書『東行漫筆』で、酒造記録を読むことができる。
 「(会所江買入)酒値段 並壱升 百三十文 上百五十文 麹壱升九十文」は卸値段相当。
 「会所より買 酒 並百八十文 上弐百文」は小売価格相当。

 米一石は一両として江戸後期の時点での米価換算で一両=5万円。一両=4,000文。
 一文=12円50線ということでは。すると、酒一升の価格は?。
 「(シラヌカ=白糠 酒代)壱升百十文=1375円」

 「(クスリ 酒造所卸価)並壱升 百三十文=1625円」
 「 同         上百五十文  =1875円」
 「 同         麹壱升九十文  =1125円」
 麹価格が示されるのは味噌、醤油を地元製造するため不可欠。酒造と調味料の製造がセットというところが、実はポイントなのだ。そして「水」は「しゃも寅井戸の名水」が鍵。
 
 「(クスリ 会所江買入)並壱升 百八十文=2250円」
 「 同         上弐百文    =2500円」
 製造元価格で「上百五十文  =1875円」は、現代の「吟醸酒」相当の価格。
 同様に「会所江買入」で「上弐百文    =2500円」とあれば、大吟醸酒にも該当する価格ということになる。

 その限りでは江戸後期の酒代=現代の地酒価格と言えなくもない。
 ところで同様の手法をもって当時、当地方に出稼ぎしていた南部家領内居住の農漁民の収入。
 つまり実入りはというと「南部もの支配人 弐拾両三分 外越年手金弐両」とある。

 「支配人」は、当地方に入稼ぎしている農漁民の元締め。一両=米価格5万円で計算するに。
 22両は110万円。ほかに3分は0.75両に相当し(5万円×0.75=)3万7500円が加算される。
 「南部もの支配人」といえども、年齢40歳代後半で50歳に近いものの年俸=113万7500円相当。

 そうした年俸=113万7500円相当の所得に、酒一升=2250円や2500円というのは、果たして<庶民の味>であるのか、否か。
 240624 釧路市大川町で開催。笑顔のニュータウン主催「釧路の酒造と水で三題」 佐藤宥紹担当の講座から紹介。