《朝な夕なに…》第1回その1
ミニラジオドラマシリーズ《朝な夕なに…》
第1回放送台本その1


◎出演
客/松村邦洋
だるま便の源太
謎の板前
乗客の母と子



●会津線の車内

・電車の走行音と車内の気配。
弁当を喰う音、缶ビールをぐびぐび飲む音などに、
少し離れた席の親子の会話が。    

子供 『お母さん、あれ、ピロピロだよ、ピロピロ』

母親 『ダメヨ!大きな声だしちゃ、普通に飲んでるでしょ、
ピロピロじゃなくて』

・しょうがなく、ピロピロ飲みに切り替える松村邦洋。
電車、トンネル内を走っている。

松村 『ピロピロ…
あぁ、ダメだ。休まなくちゃ、休まなくちゃ。
(と、ぐびぐび飲みに戻る)』

子供 『ほらね』

母親 『シッ。ほんとね。まだバウバウもやるかな(と小声で)』

松村 『休まなくちゃ、バウ、休まな、バウバウ(と、条件反射)…
つい、気使っちゃうんだよな、オレ』

・電車、トンネルを抜ける。    
ドドーンと風の音が。

子供 『海だよ、お母さん』
母親 『湖でしょ。丸いんだから』

松村 『山だ。山だよ。(とつられながらも弁当を喰い続ける)  
きれいな空気の山と美人の若女将とカワイイ女の子がいて、
飯がうまくて、温泉があって、安くて、アナバで。
アナバ、アナバ…穴場ですよ、なんてったって。
伯父さんが事故ったって、事務所だましたんだよ、
元とるぞ、元』



●《ホテル・朝な夕なに》へと続く山道

・《朝な夕なに》のテーマ音楽、短く。
あたりを満たす秋の山の気配と、
ポクポクと山道をゆくトテ馬車の音が重なる。

天の声『駅前のダルマ便というなんでも屋に寄って
トテ馬車に揺られて来るとのんびり気分が味わえますよ。
と予約の時に教えられた松村は、こうして
馬に曳かれてゆらりゆらりと山道をゆく。
ダルマ便を出たらすぐに山道になったので
ちょっと面食らったが、穴場だからと納得し、
すすきと萩の秋景色を彩る赤トンボの群れに
すっかりくつろいでいるようだ…』

松村 『青い湖を背にして、いきなり始まった山道をのぼると、
あっという間にすすきと萩と赤トンボ。いいっすねぇ、
おじさん』

源太 『ふつうの秋だ。おじさんじゃなくて源太だ。まだ、37だ』

松村 『…すいません。源太さんですか。そうですか。
(小声で)37なら、オジサンだろふつう…』

・ジープが急停車。  
トテ馬車も急停車、馬が興奮している。
どうどうとなだめる源太。
足音が近づいてくる。  

謎の板前『よ、源さん』

源太 『親方』

謎の板前『ちょっとゴメンよ(と、馬車のドアを開ける)。
      久しぶりだな、松』

松村 『ミナ…』


謎の板前『(小声で)みなまで言うな。ちょっと、ワケありでよ。
ここじゃ北村譲治って名だ』

松村 『(つられて小声)南村さんじゃなくて北村さんですか?』

謎の板前『あぁ。          
四日間いられるんだってな、おまえ。ま、ぼちぼち話すよ
(ふつうの声で)じゃ、松村さん、晩飯楽しみにしてください。
源さん、あとでな』
      
・ジープ遠ざかり、トテ馬車がのんびりと動きだす。

源太 『あのホテルはな、お客さんのことな、友達みたいな気分で
過ごしてもらいたいからってな、みんなああやってさんづけ
なんだな、オレはどっちでもいいけどな、あんた、松村さん
ていうんだな。どっかで見たような人だな。
米屋の次男とちと似てるな、ガハハハ(何がおかしいのか)』

松村 『あ、はい、米屋の次男ね…馬車は、いいですね、源太さん。
(小声で独り言)タクシーにすりゃ良かったな、こりゃ。
だけど南村さん、 なんだってこんな山ん中…(深くは考えない)』

源太 『あの、親方になってから飯がうまくなったって言うな、
春の終わりから板場に入ったんだな、お客さんよかったな』

松村 『はぁ…(意味がよくわかってない)』

・馬車の音、秋の山の気配がひときわ高まる。
《朝な夕なに》のテーマ音楽、重なっていく。