2007 12/03 00:13
Category : 日記
顔を見なくなって何年も過ぎていたことに知らせの直後に気づいた。会っていようといなかろうと何も変わるはずはないと、いつか肉親のような思いでいたのだ。まったく性格が異なっていたにも関わらず、血を分けた兄弟のように信じていることができた。いっしょに滅んでもいい、と無条件に思っていた二人の男がいた。その一人が彼だった。もう一人は女と消えて消息不明。常寂光寺から降りてくる途中で知らせを受け、イノダコーヒーで詳細をつかんだ。そのあとの東京までの時間を覚えていない。すべて無かったことにしたくて、考えないようにしていたことだけを覚えている。もう意識がないならそんな姿を見たくない。意識が戻ったとして、あいつはおれに会いたいと思うだろうか。見られたいのだろうか。目をとじると浮かぶのはあいつとはじめて会った頃のことばかりだ。16歳の秋。おれの魂の故郷は、彼と過ごした時間だったのだと、いまになって。
12.1の夜7時。そのとき俺は河原町のれんこんやの狭い卓に向かってめずらしく濁り酒を飲んでいた。寄ってホテルに戻り着替えもせずに着衣の上に浴衣をはおり朝6時過ぎに目が覚めるまで熟睡していた。ロケ先でシャワーも浴びずに、あんな眠り方をしたのは記憶にない。はいたままの靴下に血がにじんでいた。前日、ロケハンで嵯峨野路を歩いて豆がつぶれていたらしい。仕事をするようになってはじめてのこんな体験が、意識の下で行き来していたおれとあいつだけには見えている迷路だった…せめてそう思いたい。17歳の秋に二人でつくったガリバン刷りの同人誌に使ったあいつの名が塊打無鉄。書いた散文詩のタイトルが“無間地獄”だったはず。神田のウニタ書房に100部置いてもらったこと、唐突に思い出した。全部売れ、あいつが安酒に消した。走るとはやく酔えるからと九段坂を駆け足で3往復して屋上の部室でタバコを吹かしながらさぼっていた。女と消えた一人はハイライトをあいつとおれはピースを吸っていた。3人で授業をさぼっては屋上から白百合を眺めてため息ばかりついていた。あいつは鮎川信夫の詩“死んだ男”と吉本隆明の詩集だけを読む、老成した17歳だった。星霜が過ぎてもなお、あいつはそんなふうにおれの中で生きている。明日になれば、おれは違うコトバを吐き、違う自分を押し出すことになるのだと思う。病院に行き、意識の戻らないあいつに向かい声をかけたり、彼の妻や娘を元気づけたりするのだと、たしかに思う。だからいまこれを書いておく。おれは会いたくも見たくもないよ。酔うために九段坂を走り回り白百合眺めてため息つきながら“日向翔”のアジテーションで突破あるのみになったバカやローのおまえだけがおまえだもの。妻も娘もきっとおまえには幻だ、おれは今夜はそう思う。思いたい。同じバカやローのおれには、意識が戻らないおまえに会いに行く勇気が、ない。おまえが倒れた、と聞いた時間がまだ途切れていない今夜は。東京に戻ってから、携帯をマナーに切り替えた。震動するたびに深呼吸してそっと開く。そして、胸をなで下ろす。まだおまえの妻からの伝言は入らない。連絡が来て、仮面をかぶってしまうその前に、おれはあの日のままだよと、書いておきたかった。そう残しておきたかった。
両の眼に針刺して魚を放ちやる君を受刑に送るかたみに
春日井健「未成年」より
このページのタイトルをひさしぶりに“夜霧のブルース”に戻す。歌は宇崎竜童版。
12.1の夜7時。そのとき俺は河原町のれんこんやの狭い卓に向かってめずらしく濁り酒を飲んでいた。寄ってホテルに戻り着替えもせずに着衣の上に浴衣をはおり朝6時過ぎに目が覚めるまで熟睡していた。ロケ先でシャワーも浴びずに、あんな眠り方をしたのは記憶にない。はいたままの靴下に血がにじんでいた。前日、ロケハンで嵯峨野路を歩いて豆がつぶれていたらしい。仕事をするようになってはじめてのこんな体験が、意識の下で行き来していたおれとあいつだけには見えている迷路だった…せめてそう思いたい。17歳の秋に二人でつくったガリバン刷りの同人誌に使ったあいつの名が塊打無鉄。書いた散文詩のタイトルが“無間地獄”だったはず。神田のウニタ書房に100部置いてもらったこと、唐突に思い出した。全部売れ、あいつが安酒に消した。走るとはやく酔えるからと九段坂を駆け足で3往復して屋上の部室でタバコを吹かしながらさぼっていた。女と消えた一人はハイライトをあいつとおれはピースを吸っていた。3人で授業をさぼっては屋上から白百合を眺めてため息ばかりついていた。あいつは鮎川信夫の詩“死んだ男”と吉本隆明の詩集だけを読む、老成した17歳だった。星霜が過ぎてもなお、あいつはそんなふうにおれの中で生きている。明日になれば、おれは違うコトバを吐き、違う自分を押し出すことになるのだと思う。病院に行き、意識の戻らないあいつに向かい声をかけたり、彼の妻や娘を元気づけたりするのだと、たしかに思う。だからいまこれを書いておく。おれは会いたくも見たくもないよ。酔うために九段坂を走り回り白百合眺めてため息つきながら“日向翔”のアジテーションで突破あるのみになったバカやローのおまえだけがおまえだもの。妻も娘もきっとおまえには幻だ、おれは今夜はそう思う。思いたい。同じバカやローのおれには、意識が戻らないおまえに会いに行く勇気が、ない。おまえが倒れた、と聞いた時間がまだ途切れていない今夜は。東京に戻ってから、携帯をマナーに切り替えた。震動するたびに深呼吸してそっと開く。そして、胸をなで下ろす。まだおまえの妻からの伝言は入らない。連絡が来て、仮面をかぶってしまうその前に、おれはあの日のままだよと、書いておきたかった。そう残しておきたかった。
両の眼に針刺して魚を放ちやる君を受刑に送るかたみに
春日井健「未成年」より
このページのタイトルをひさしぶりに“夜霧のブルース”に戻す。歌は宇崎竜童版。