「バサラ」の系譜/参照
「バサラ」の系譜—コントラストカラー配色

写真2 陰陽五行説に基づく大相撲の青房、赤房、白房、黒房

 「バサラ」とは、室町時代に近江の戦国大名の佐々木道誉が、反体制の象徴として、奇想天外な衣裳を着用し、奇抜な行動をとったところから、これを「バサラ」と称して人々が揶揄したのが始まりと言われている。同様に東北の大名伊達政宗が上洛したとき、やはり伊達家・家臣一同が奇抜な衣裳を着て登場したため、「バサラ者」「ダテ者(伊達者)」と持て囃された。「バサラ」とは室町時代の流行語で、婆娑羅とも、時世粧とも書き、乱世の時代に反体制の象徴として、派手に見栄をはることを意味した言葉であった。
 以後、この「バサラ」の系譜は、織田信長、豊臣秀吉、小早川秀秋、上杉謙信などの奇抜な形態、大胆な模様、対照的な配色の衣裳、千利休の高弟古田織部の奇抜な陶器などに受け継がれていくのである。
 では、これらの「バサラ」の色はどのような色であろうか。有名な小早川秀秋の陣羽織は赤い羅紗地に黒の鎖鎌の模様という大胆な構図であるが、この陣羽織の特徴は赤地に黒を配したコントラストカラー配色にある。また伝上杉謙信所有の袖替陣羽織も前身ごろは黒一色で、両袖が真紅の陣羽織である。このように「バサラ」の色は、高彩度の赤と黒、赤と白、黒と白、白と青、黒と黄などの無彩色を基点にした高彩度色との配色が特徴になっている。
 古来、わが国では陰陽五行説に由来する色彩の対比関係は日常生活で重要な役割を果たしていた。祝儀の際の「五色の幕」「紅白の幕」「紅白饅頭」「紅白の水引」「青白の水引幕」、不祝儀の「黒白の葬式幕」「黒白の水引」「黒喪服(白の紋)」や「黒白の弁慶格子」をはじめとして、お白州の「青白の紗綾形襖」など数多くの事例をみることができる。また日常生活でも「赤勝て、白勝て」「赤組、白組」「赤鬼、青鬼」「赤旗、白旗」「青柿、赤柿」「青りんご、赤りんご」「白黒の海鼠壁」「黒白をつける」などさまざまな言葉や諺として、今日でも使われている。そしてわが国の国旗「日の丸」は周知のように「白地に赤く」である(図2)。
 以上のように、私たちは、典礼儀式、民俗行事、ハレとケなどの生活のなかで、明確な対比関係の配色を昔から好んできた。赤と白、赤と黒、黒と白、白と青、白と紫など、枚挙にいとまがないほどである。また日常生活の風景−青々とした緑色を背景にした神社・仏閣の赤い鳥居や建物、紺碧の空に映る満開の桜、初秋の白いススキと白団子、白秋を彩る紅葉・黄葉の風情−などコントラストの明確な色彩の彩りに、日本の美を見いだしている。