日本人と色彩/参照
日本人と色彩
城  一夫〔共立女子短期大学 生活科学科 教授〕
 日本人に固有な色彩嗜好や感覚は、日本の風土、自然、宗教、生活環境などによって、複合的に生まれるものである。南北に長く位置する自然環境下では、当然、北国と南国では自然、生活環境が異なるので、人々の色嗜好も異なった趣を呈する。またその生活環境も時代の変遷、時間の流れのなかで変化していくから、古代、上代、中世、近世、現代では、人々の色嗜好も変化を遂げる。
 古来、日本の色彩感覚には「シロ」「アカ」「アオ」「クロ」の4つの言葉があり、「シロ」ははっきりした様(顕)を、「アカ」は明るい様(明)を、「アオ」はあいまいな様(漠)を、「クロ」はくらい様(暗)を表したと言われている。この古代日本人の4色の色彩感覚は、当然、日本人の持つ基底的色彩として、今日まで連綿として続いているが、この稿では、近世、現代の急激な生活環境の変化によって誕生した色彩嗜好を考慮に入れながら、日本人の特徴的な色彩嗜好について考えてみたい。

1.日本の風土のなかの色彩
 風土とは景色によってつくり出されるその土地独特の雰囲気のことである。景色の「景」は「日」と「光」、要するに「日光」の色のことである。つまり風土の色彩は日光の影響を限りなく受ける。この日光は光の色温度、照射率、純度・濁度によって変化する。色温度は緯度の高い北国(すなわち北海道、東北、関東など)では、紫み、青み、緑みに傾斜し、中程度の緯度(中部、近畿)では黄みになり、緯度の低い地域(中国、九州、沖縄)では橙みや赤みに偏向する。つまり北海道地域では太陽光線が紫み、青み、東北の地域では、緑みに傾斜しているため、物体色の青みや緑みが強くなり美しく見える。このため北国の人々は、全般的に青みや緑みへの強い嗜好を表すことになる。霧の摩周湖の水色が紫みを帯びたり、アイヌの着用する厚司あつしの藍色が美しく見え、仙台城の青葉が陽に映えて、美しく見えたりするのである。一方、中部地方では、太陽光線は黄みに傾斜しているため、黄色が美しく見え(美濃焼の黄瀬戸、金の鯱)、緯度の低い沖縄、九州本土では、赤が特に美しく見えるため、有田の赤絵、琉球紅型などが美しく映え、人々は赤みに対する強い好みを表すのである。
 一方、日光の照射率も風土に与える影響が大きい。北国では一年中、風雨の日や曇天の日が多く、比較的暗い環境のなかで生活しているため、陰影の濃い色彩となり、人々の嗜好は陰影(彩度が低い)色に集中する。一方、南国では一年における日光の照射率が高く、明るい環境のなかで生活しているため、人々は輝度の高い、高彩度の色に傾斜していくのである。つまりアルプス山脈を基点とした北側の地域(日本海側)では、冬も長く、曇天の日が多いため、その地域の人々は陰影の濃い低彩度色を選び、南側(太平洋側)では一年中、晴天の日が多いため、人々は高彩度の鮮やかな色に傾斜していく。
 さらに、日本海側の地域では曇天、雨雪の日が多いため、大気中に水蒸気、塵埃を多く含み、その結果、日の光はシャドウがかかり、物体色は濁色がかる。一方、太平洋側は大気中の水蒸気が少ないため、大気中の純度が高く、色彩は清色に傾斜する。そこで人々の色嗜好は、日本海側は濁色を好み、太平洋側は清色を好む。
 以上の結果、わが国では北国(北海道、東北)の北側の地域(日本海側)では、紫み、青み、緑みの濁色、低彩度の色を選び、南側(太平洋側)は、紫、青、緑などの鮮やかな色を好む。また関東、中部、中国の北側では、緑、黄色の濁色、低彩度色を選ぶのに対して、南側は同じ色相の清色に対する好みが強く表れる。さらに九州、沖縄などでは、人々は橙、赤の高彩度、清色を最も好むのである