なにもなかった 記憶2
はじめは何もなかった。わたしたちはこの何もなかった世
界から、土を捏ね、木を切り、石を削り、鉄を取りだし、
豊かで信じられないような現実をつくりだしてきた。だか
らそれは《楽園》…のはずである。はるかなむかし。わた
したちは何か困ったことができたり、こんなものがあった
らいいなと思い浮かべると、いっしょうけんめい考え、考
えつかれると大地の声や風のささやきに耳を傾けた。する
と大地や風は、いっしょになって考えてくれた。そして素
晴らしい世界をつくりだした…はずである。
わたしたちはすでにはるかなむかしの人々のようにものを
思うことも欲しがることもない。なぜならわたしたちは
《おとな》になってしまったから。もしもわたしたちがこ
の少しゆがんでしまった世界に、もういちど奔放な夢と熱
い情熱を傾けようと願うなら、それは《はじめ》に立ち戻
ることで叶えられるかも知れない。
はじめ…。まだ誰も見たことも経験したこともないモノや
コトだけでつくられた世界。つまりこどもの時間。そこで
わたしたちはもてるかぎりの空想する力を引き出され、わ
たしたちを育んだ大地と交感しあいながら驚きにみちた何
かに触れ、つくりだすことになる。
そして、新しい《楽園》が生まれる。