死ぬほど苦しい笑い
「あかり屋」の義の人、菱沼大人と連絡が取れないとこの一週間、わたなべが心配していた。今朝6時頃に連絡があって、急性盲腸炎で入院していたのだ、ということらしい。寝込みにそんな知らせを受けたわたなべの豆鉄砲をくらったようなびっくり顔も見たかったが、あの菱沼大人が盲腸炎とはなおおかしい。
ひさしぶりに腹を抱えて笑った。
粋でいなせな男ぶりも、盲腸じゃなあ。
あの顔でかわいい顔したナースに
「ガス、でましたぁ?」なんて聞かれてるのかと思うと、腹がよじれる。
しかしダンディな彼はそんなとき何と答えるのだろう。窓の外の色づいた銀杏などながめながら、「もう秋だなあ」などと呟いてみせ、大好きなサマータイムでも口ずさむのだろうか。
それにしてもそのときかわいい顔したナースは職を放棄せずに、「で、ガスでましたぁ」と聞くはずだ。
さて菱沼大人、どうするのか?
勘九郎の大見得にとっておきのスポットあてるときと、どっちが難しいのだろうか。

入院したと教えなかったのは、たぶんからかいがてら見舞いに来られて笑わせられるのを怖れたのか。あれは身をよじる苦しさがある。昔、盲腸で入院しているときにバカな後輩が帰り際に天才バカボンの物まねをして風のように逃げていったことがある。笑いをこらえることができなかったおれは退院が一日のびた。枕を口につっこんで必死にこらえたが腹がひくつくのをおさえきれなかったのだ。
そのバカな後輩はいま信州あたりの大学で医学部の部長になっている。その後なんにんの善良な病人を苦しめているのかは定かではないが。