《満水子》★★★★
高樹のぶ子の《満水子》/講談社刊の下巻読了。
前言撤回である。小説家ならではのあるいは女性の作家ならではの、読みごたえのある洞察と物語展開にはこばれた。夜更けに、眠れないままに下巻を開き、そのまま朝の光がさしこむまで一気に読まされた。途中マッチがなくなりタバコが吸えなくなったというアクシデントに見舞われたがあちこち探し回って使い捨てライターを発見。5杯のコーヒーと1袋のピーナツが消えた。
上巻で見切らず、良かったと思う。
それにしても沈むダムの水の底に浮かぶ巨大な頭文字、高原の星空に描く頭文字、男の胸に描かれた頭文字のトリプルイメージはみごとだった。

[恋愛といえども人生の時間軸のある部分を染める出来事でしかないのは、誰もが経験上知っていることで、時間が経って振り返ってみれば、褪色もはなはだしく、恋した自分のおろかさが、懐かしい匂いと共に甦ってくるものだ。その意味では、病という言葉がぴったりである。
 しかし、時間の治癒力の及ばない病もある。それは恐らく、男と女の関係でいえば終り方に関係しているのではないだろうか]
[その夜、満水子を抱いたかどうか、これも思い出せない。あまりに痛切な記憶は、脳細胞の慟哭で、簡単に剥げ落ちてしまうもののようだ]

けっこうひりひりするような描写が多く、しんどいなと感じながら、しかしやめられなかった。ふしぎな出来の作品だった。