三千世界の烏を殺しぬしと朝寝がしてみたい
どこのバカが歌ったのか。
この「ぬし」を「希望」と読み違えたバカもいたよな。



9日からの噴水ショーは大好評のうちに成功したと現地の運営ディレクター。その後の方は、と問うと、いつもどうりです。
いつもどうりでいいのなら世話はねえじゃないか。
と、出かかったが、のんだ。
足下見ているやつに頭のハエの話をしてもはじまらない。
しかし男と女のこの温度差はなんなのだろう。
まず女性はほとんどが生理的にイヤだと思うようだ。次に若い男がイヤだと続く。
ある年齢以上になると生理的ではなく頭の問題としてイヤとなる。だから、巻かれる。頭は歴史的にカラダに負ける。
そういうことなのだ。

終わって帰る客に何を抱かせたいのか、何を残したいのかと俺は問うてきた。終わりよければすべてよし、とする日出ずる国の美しい解決法をいつから捨てたのか。

あのショーの前にどれだけ観客が盛り上がろうと、次に冷やしてしまったら何の意味があるというのか。

まず最初だけでも気持ちよくするからでは、気の弱いすり寄り上手な強姦とどこが違うのか。おまえも応えたじゃねえか、としたり顔で膝をすすめる牛太郎まがいの手管を使って、それでコトは足りるのか。

コトバなくしてしょう然とうなだれ帰る観客はついていなかったで片づけるか。

夜が大人のためのロマンスの場だと開き直るなら、子供のための噴水ショーというのは何なのだ。R指定かX指定か。
怖がるのは子供だけなのか。不快な思い耐え難しと感じる大人はいねえのか、もう。
毎日やられているうちに腰ふるわせてしがみつくようになったのか。人生はそういうものだ、か。

屈服は致しませぬの松明あかしはどこの祭りだよ。見立て違えたおれの負け。


観客が大喜びで大好評。
よかったばんざいおめでとう。



もうやめた。
おれは星菫派に戻る。



撤退すると、伝える相手も見当たらぬ。
見渡せば花も紅葉もなかりけり…

ばかくせえ。