月に狂う。
あの夜の月の輝きが信じられない。
オフィスで渡辺と素材を確認しながら長岡に電話をし、フィルターなどをいっさい使っていないことを確かめた。
あの青い光。雲を染めた夜の青。透明な青い紗をまとったような満月。
稜線を爆発光のように照らし出す月の出の瞬間。
「わたくしも月を見に連れていっていただいてもよろしいでしょうか」と小さな声で問うた飯盛山に暮らすというたみさんの姉上は、ほんとうにいたのか。夕方、相馬さんに電話で確かめたら、自分も幻のように思えてならない、と。
山すそにへばりついた数十軒の人家の明かり以外に、周囲360℃が真っ黒な夜の山に囲まれた七つ地蔵のある山あい。スタッフ9人と、宿の人たちが5人。
舘岩村湯の花の闇の中で月の出を待ち受けた人は14人。
オフィスのモニターにはその月の出がしっかり映っている。
だから幻ではないのだが、それしてもだ。

なお、たみさんの姉上は、宿が忙しいので嫁ぎ先の会津若松から里帰りをかねて手伝いに来ていたとか。
名前を「明子」太陽と月をならべて「あかるいこ、あきこ」。
なんだかなあ。できすぎちゃいないか。

明子さんは、飯盛山の自宅は月を背負ったように見ることができるのだと言っていた。子供を迎えにいき、家路をたどるとき、目の前に巨大な月がかかると、月に帰っていくようだ、とも言っていた。月が好きでたまらない、とも言っていた。

飯森山といえば白虎隊。

会津若松の桜吹雪から雪の舘岩村まで一年半あまりの福島県内の撮影についてまわったのも会津白虎隊の少年剣士の人形。
いまはむじなの森のジ・アース館の映写室の守りについている起きあがりと何かかかわりでもあるのか。

おれに、ありがとう、とでも言いに来たのか。
水引神社の扉を開いたときに手にせよとばかりの場所に置いてあった弓と矢といい、
舘岩村は、おれに何を伝えようとしているのか。
そんなふうに、ふと思えた。