さみしさの周波数 04.01.15
 野口美也推奨の乙一作品を初めて読んでみることにしました。
 名前だけは知っていましたし、書店で目にするタイトルにはどこかおどろおどろしい雰囲気があって、ちょっと敬遠していたのですが、野口美也のHPでの入れこみようと、とある書店で、店員が手書きしたオススメPOPに惹かれたのが動機でした。
 とりあえず、通勤の往路で「未来予報」を読み終わりました。
 終わり方はほぼ途中の展開で予感した通りになりました。にも関わらず、個人的な嗜好のツボの近くをかすめていくような話でした。
 とりたてて批判する話でもないのですが、こういう話の展開は、好みであり、好みでないというトコロです。
 意味がわからないと思うので、説明しますと、まだ自分の中にわずかながらにモノを書くことに憧れを抱いていた時期に書いた、自分の作品に似ているからです。もちろん、アイデア・構成力・表現などは較ぶるべくもありません。
 ただ、『物語の中心人物に近しい人の「死」によってしか物語を昇華させられない』という作り方が似ていたのです。私は自分がそういう物語の作り方しかできないことが悔しかったですし、その部分がなけらばたちどころに訴求力を失ってしまう物語しか作れない自分に苛立ったものでした。とはいえ、そういう物語を好んでいるから、そういうものを書いてしまうという事実もあって、自分の才能に見切りをつけました。
 そういう経緯があって、こういう物語を「好みであって、好みでない」と評しているのです。
 結局は世に何も問い掛けることのできなかった人間の戯言ですから、僻みでしかないですが、この一編についてはこんな感想を抱きました。他の作品がどんなモノかもまた感想を書いてみたいと思います。