2011 06/24 08:53
Category : 書評
藤倉徹夫著『えべつ百話 (下)』(1)。自転車職人の採話。職人は時代を語る。著者は世に伝える。
「昔はとことん乗った」「だから何回も修理にくる」。「一台に五千円も六千円もかけて修理するの」「今ならタイヤそっくり取り替えて七千円かかりますよ」「(もう取り替えない)一万円ちょっと出せば、一台ちゃんと買える」。
「今の子供はね、高校生でも空気ひとつ入れられない」。「部品をどっかで買っても、自分ではつけられない」(128p)。
確かに安くは買える。だが、待てよ。安くかった自転車は、長持ちする快適な利用が可能なのであろうか。
「空気をいれられない」「自分ではつけられない」。それって、生活力、人間力の衰退では?。
「昔はとことん乗った」「だから何回も修理にくる」。「一台に五千円も六千円もかけて修理するの」「今ならタイヤそっくり取り替えて七千円かかりますよ」「(もう取り替えない)一万円ちょっと出せば、一台ちゃんと買える」。
「今の子供はね、高校生でも空気ひとつ入れられない」。「部品をどっかで買っても、自分ではつけられない」(128p)。
確かに安くは買える。だが、待てよ。安くかった自転車は、長持ちする快適な利用が可能なのであろうか。
「空気をいれられない」「自分ではつけられない」。それって、生活力、人間力の衰退では?。