春の嵐の椿事
anはオフィスだと電波が悪いので下に降りて電話してます、と言っていた。クルマと酔客とホステスのやりとりがときどき混じった。そして、大泣きされた。十年前に、海峡越えて来た意味がないじゃないですか、と意味不明ながら胸に刺さる言葉を繰り返しながら、苦衷を訴え続けた。韓流好みを自認したてまえ退くこともできず、慰めるしかなかった。泣く子となんとかにはと言うが、まさしく。ストレートに心情訴え、夜の銀座のど真ん中で携帯片手に男泣きしている姿を想像し、おれの負けだなとシャッポを脱がされた。船から降りようと決めかけていたが、ひとまず延期。玄界灘越えたなぞと言われたら、勢いだけでも退くに引けない。しばし、つきあってやろうと決めた。それがホームレスと会う一時間前。まだ東京は春の雨だった。わずか一時間足らずのあいだに、笑みと涙に胸打たれていた。方やホームレス。方や外国人。東横インの屑社長が「反省してます」と記者会見で嘯いた数時間後の市井のかたすみの二つの椿事。銃砲刀剣が所持を禁じられている国で、しかしほんとうによかったな、と思う夜である。