夜更けにヤシの実を流した
寝ようと書き、風呂にはいった。柚子をつぶしゆっくりとつかっているうちに、また投げ出したい、という気分にとらわれた。しょせんは請負。程度の差こそありながら、あれもこれも頼まれ仕事にすぎない。百も承知とうそぶいてはいても、ほころべばすき間から鎮めた思いが顔を出す。モエで乾杯したあとに、Iguはこう言った。「スタッフはついていかないかもしれないよ」と。そのことを思い出す。SoumとKawaに気を取られていて聞き流してしまったその呟きが甦る。線引きが、ここ一年のいや数年の課題だったのだ。ここで切ろうとするときに限って意地を見せるような仕事をされ、迷ってきたのだ。ついてこなければスタッフじゃねえよ。そう考えればなんのことはない。重ねた時間ではなく想いのたけ、それが分け目なのだ。袂など、痰はくようにわかてばいいのだ。風も光も、じつはIguではなくYosだったじゃねえか。削って外してせんじつめていけば、残るのは風と光だ。とすれば答えはそこにあり、そこにしかない。くそシャンパンとKawaの涙に気を取られ、しゃれた啖呵をあやうく聞き逃すところだった。忘れるところだった。築地も汐留も新宿も梅田も古河も、そして広尾もまとめて潮時だったのか。越えても越えてもつきまとうササクレは、見えない場所にも、いや見ようとしなかった隘路にこそ、まとめて深々と刺さっていたのかもしれない。決めてしまえば、そこまで。いつ、どこで見切るか。明日か、25日か。まだずっと先なのか。眠いのに眠りにつきたくない。できることなら明日を投げ出し、南島にでも行ってしまいたい。あれもこれもそっちもこっちも放り出し、高楊枝で旅に出たい。

なに、賢明が駆け落ちして消えてから、なべと二人でやってきたのだ。スタッフがひとりもいなくても振り出しに戻ればいい。ふぐにでも戻ればいい。したいことをしたいようにやった、賢明がいて今井さなえがいて辻がいた、あの神楽坂時代にまで戻ればいい。なにもわからずとも、「ま、いいじゃねえか」を合言葉に眠る時間を惜しんだ頃に帰ればいい。故郷だというなら、ハイタウンの7階こそが故郷じゃねえか。五十番のかた焼きそばと肉まんで腹は満ちるじゃねえか。

この間、musicstoreからダウンロードした歌い手のわからない「十九の春」を聴いている。微妙に歌詞が違っているのと歌い手が女ひとりというのが最初気になったが、三線ではなく二胡とピアノ、ソプラノサックスを伴奏にしたのが功を奏したか、リリカルなところが胸に染みる。 Infinix「Relaxation Asia 3 〜琉球の波〜」の中の1曲。http://www.sens-company.com/jp/text/infinix.html

iTunesのギフトを使い、数人に「十九の春」を送ってみた。
どんなふうに聴かれるのだろう。よふけに、webのからまったクモの糸をたどって東西南北を気まぐれに経由しながら、南島の唄がヤシの実のように流れていき、やがてたぶん今ごろは熟睡している知人の枕辺にたどり着く。彼らの眠りがおだやかで春の宵のように満ち足りていてくれることを願ったりしてみる。ついでに自分用に、リリイの「私は泣いています」live版を1曲購入し、自分宛にギフトで贈ってみた。いや、これがなかなか。

いくらか気も晴れた。これで眠る。