[japanesque:00034] 3年前の夏の説明
件名: [japanesque:00034] 3年前の夏の説明
送信日時: 2004年 8月 22日 日曜日 1:21 PM
差出人: Toru Mashiko
宛先:

> http://homepage.mac.com/y_natsu/Serenade/iMovieTheater253.html
> 八月の夜想曲と名付け、残暑見舞いとします。
> 3年前の夏、
> 福島の森の奥で鎌のように細い三日月を眺めながら
> 「ともすれば月澄む空にあくがるる心の涯を知るよしもがな」
> という古い歌を思い浮かべたことがありました。

なんのことかわからない、という問い合わせがあったので
このときのことを書いたメールをコピーします。
福島で開かれた未来博のときのもので
映像は完成し、後は開幕を待つばかりの頃のことです。
毎日トラブルが発生し、その解決に奔走するスタッフの姿を
指をくわえて見ているしかなかった日々のことです。
会場のあったのは「むじなの森」という地名を持つ森で
毎日、夕日と月がきれいな所でした。
今年の夏と同じように梅雨明け前から連日真夏日が続く
猛夏でした。長くなりますが、来歴は以下の通り。


++++++++++3年前のメーリングから+++++++++++++++++++++++++++

Subject: [the-earth:00462] 夢の味は、格別。


 三日の予定で東京を出たのが二十二日の夕。
 二十四日の夜、米屋に向かう山道で鎌のように細い月を観ました。

 おとぎ話の宿で、ぼくに割り当てられた部屋は「浦島たろう」の間。
 いま2001年の七月七日未明。ぼくは郡山にいます。
 満ち足りた気持ちとぽっかり開いた胸の穴をこの身に抱えて。

    

 なぜ、むじなの森のあの砦にこんなにも魅かれたのか
 満月の夜になっても、かいもく見当がつきません。
 浦島たろうの部屋に泊まったことが原因だとすれば
 あの森は竜宮城ということになる。
 事務所の階段の手すりにもたれて空をみながらそんなふうに思いました。
 (笑いながら読んでください)
 あちこちで褒められて有頂天になりすぎていたのか
 隠し砦のようなジ・アース本部が醸し出す熱気と混乱が迷わせたのか
 気がついてみれば二週間近い時間が飛び去っていました。
 ぼくは現地にいて何もすることがないにも関わらず
 熱病のようにj毎日、あの森を目指しました。
 映像の仕事だけではけっして出会えなかった方たちと次々と出会い
 彼らを知っていくうちに深い安堵と共感にとらわれてしまったようです。
 西田さんにからかわれたように、アドレナリンの奔流を
 まったくコントロールできなくなっていたようです。
 こんなことは十七歳の頃に西田さんの母校の時計台ですごして以来です。

 イベントと総称しちゃいますが、ぼくにとってはじめての仕事のせいもあり、
 混乱しながらも、最後の一ヶ月はその魅力にどっぷりと浸かった気がしてい ます。
 でもぼくは「水の惑星 ジ・アース」だけでこういうタイプの仕事は
 終わろうと思います。終わるべきだと言い聞かせています。
 (仕事を依頼されるかどうかという現実的な問題はさておいて)
 長いこと自分にはもう関係がないと無視してきた種類の身の処しかたを
 抑えられそうもないから。
 きっと誰の胸にも、男であると女であるとを問わず
 奔放で無頼な、すかっと青い安達太良の空のような思いがあるはず。
 ぼくは仕事に関しては、そういう余地は無いものと考えて過ごしてきました。
 (他者からどう見られるかはまた別の問題)

 むじなの森の短くて永遠にも思えた二週間は、
 保ってきたはずのバランスを見事に崩してくれました。
 正直に言うと、自分をごまかすのが難しくなりそうなのよ。

 そのくらい刺激的な日々でした。


 虹の大地などと恥ずかしげもなく名付けられた場所で
 ほんとうに虹を見てしまったこと。
 夕日までは納得がいっていたけど、
 あの虹はどうにも処理できません。まいったよほんとうに。
 あんなシノプシス書いて持っていったら
 鼻で笑われて5分でシュレッダー行きでしょう。


 でも、虹はかかった。

 かかってしまった。よね。


    
 我にかえりたいと、痛切に思います。
 かえらなくてはと、思います。


 だから、ぼくは東京に戻るよ。
    

 最後に提案。
 あそこは元来の地名が「むじなの森」ではあるけど
 その呼び方やめましょう。
 ちょっと照れるが「虹の森」ではどうだろう。
 ストレートすぎて芸がないけど、とりあえずいかがでしょう。


 夢の味は、格別でした。


 ひとまず、さらば。
 虹の森の住民たちよ。


 七月七日七夕 am2:10  ましこ拝