その狂ったような夏の名残を見つけた。港の話。
1994年8月 熱中症という単語が市民権を得た最初の夏に
結局は没になったラジオ案をアホのように書いていた。
熱が下がらず眠れないままに古いHDを検索していたら
消失したはずのデータバックアップを発見。
ここに出てくる「港」は、そのまま横浜のNYKのあたりをイメージしていた。
ここ一週間、この港周辺の光景を浮かべながら過ごしていたのでおかしかった。
あの夏は、なぜあんなふうに意地になっていたのか。
書いたのはたしかNECの文豪mini。とぼけた名のワープロ専用機。




◎B案《港編》


■予定時間

10分間


■登場人物

中島みゆき
ハードボイルド作家・矢作俊彦(やはぎとしひこ)

■場所




●ある、秋の港。  


枯葉のしきつめられた舗道をゆく二つの足音。
一つは重い男の足音であり、もうひとつは少し軽やかである。
ときおり、近くを通りすぎる作業車の音、
遠くで稼働するガントリークレーンの音、
そして霧笛などもかすかに聞こえている。


いきなり男の声で、     


作家 『冒頭から意外性の連続でさ、        
まず、カチッ、カチッとフィルムが送られていく無機的な音があってさ』


映画《俺たちに明日はない》のプロローグの効果音が重なっていく。
しばらくそのサントラが続き、作家の描写が続く。


作家 『登場人物のモノクロ写真がパッパッってドキュメンタリー風な雰囲気で続くだろ。
そこに赤い唇のクローズアップがズバッとくるわけ。
夏のけだるい午後に、裸で寝転がっている何だか不満ばかり抱え込んだような
若い女が暮らしているんだな。
ふと窓の外を見るとさ、道路の車を盗もうとしている
男がいる。女は窓からその男に一声かけて、服を引っかけて外階段をどたどた駆けおりる。
その足もととスカートを下から画面いっぱいに撮るんだよ。
アーサー・ペンだからね。
ショッキングだったなあ。 

あ、ごめん、俺ひとりでしゃべってるな』

と、足音がとまる。

中島 『(少しおかしそうに)わたしも印象が強かったから。
今日一緒に港を歩いてるのは作家の矢作俊彦さんです。
辛口のハードボイルド作家で知られる矢作さんに港を案内してもらおうと思ったら、
じゃ少し歩こうっていうんで、落葉の道を歩きだして、
なんだか不意に《俺たちに明日はない》なんて思い出して、ちょっと話したら…』


中島の言葉を作家の声が引き取る。


作家 『あの年はさ、
ケネディの弟にキング牧師がやられたよな。
パリで五月革命、ベトナム戦争が泥沼、佐世保と成田があって、安田講堂だろ。
なんだかさ、世界も日本も、何かが変わらないと
おさまりそうもない感じでね。
いくつだった? きみは。
あ、座ろうか、そこ』


と、ベンチに腰掛ける気配。
港の雰囲気が色濃くなっている。
   周囲からときおり、フィリピンや中国のものらしい声高な会話がもれてくる。


中島 『高校生だった。札幌で。
男の子の髪が肩まであって、
ヒッピーでしょ、フーテンでしょ、サイケデリックでしょ、            
高倉健に藤純子? わたしも、暗かったな、あの頃』


作家 『そうか。
俺はいまでも覚えてるけど、
まだ平凡パンチが元気いっぱいに頑張ってた頃でさ、
つぶれちゃったけどなもう。
ローラーゲームだろ、
大信田礼子の19歳のピンナップだろう。
阿久悠と上村一夫コンビのマンガだろ、
ファイティング原田の引退だろ』


野犬がきて吠える。
周囲の外国人たちの声といい、さすがに港・横浜という感じが濃くなっていく。
  秋風に吹かれてベンチの下を枯葉がカサコソ音をたてている。


中島 『全部、覚えてますよ、わたしも』


作家 『ませてたんだな』


中島 『ませてたなんて、古典的ね 』


作家 『古いんじゃない、言葉はマナーだ。(笑う、中島)
ま、そんな時代だったよな、昭和43年はさ。
そんな日々に出会ったわけさ、
三つ揃いをビシッと着て、目深にハットをかぶり、楊子を
くわえたクライド。フアッショナブルな女ギャングで、
詩を書く才能もあるボニー。
銀行おそって、クルマでにげきる単純明快さと、スピード感
まぎれもないアメリカに圧倒されたな。
ま、俺もその頃はきっちり時代と寝ていたからさ、毎日が
迷ってばかりだったから。きみの歌にもあったろ、道に迷ってとかいうのがさ』


中島 『つくったのはもう少し後だけど』


作家 『そうか。
でね、実をいうと俺はきみの歌のファンでさ、隠れた』

中島 『隠れることないじゃない』

作家 『そりゃそうだ。
港を案内しろというからさ、
つれてきたわけですよ。
どう、ちょっと危なっかしい感じあるだろう?』

中島 『なんか、ランドマークあたりと違って、
日活っぽいイメージかな』

作家 『だろ?
裕次郎も旭もいたんだよ、ここには。
きみがさ、俺たちに明日はないのことを
ふと、思い浮べたのにもわけがあるのさ』

中島 『 ? 』


  霧笛をきっかけに、《俺たちに明日はない》のメインテーマが入る。
  ややあって、そのメインテーマにエピローグのマシンガンの音が重なる。
    
  そのマシンガンの中から、
  中島みゆきの歌《世情》のシュプレヒコールの部分が立ち上がっていく。

港の気配の中に世情が流れている。
周囲の外国人たちの会話がときおり混じる。


中島 『なんか、ちょっと照れるな』


と、一言。
作家の高笑いが重なる。
霧笛。