《世界がもし100人の村だったら》★★★★★
夕方、紀伊国屋でマック雑誌と一緒に話題になった「世界がもし100人の村だったら」を見つけたので買った。飯を食いながら読む。脳天直撃。いぜん《パパラギ》を読んだときのショックに近い。もとは1000人の村だったという。どこの才能が手を入れたのか知らぬが、100人とした瞬間に単なるメッセージからきわめて強い詩的換喩力を備えたことになる。付録に掲載されている1000人パージョンと比較しながら、その才能に舌を巻いた。もし後書きにあるように、これがネットを巡っているうちに自然発生的にブラッシュアップを重ねられた結果だとしたら、ウエブの力をもう少しぼくたちは信じてもいい。
ま、誰か、独りの力、なのだと思う。いずれにしても、感動した。比喩という詩的言語の骨幹が、かくもパワフルであり得ることを、あらためて再認識させられた。
《世界がもし100人の村だったら》マガジンハウス刊 定価838円。

この美しい比喩に満ちた一冊は次のように閉じる。
書物の終章は、世界を開くために閉じられるべき、
という持論から言えば、これは満点である。



   ……
   だからあなたは、
   深ぶかと歌ってください
   のびやかに踊ってください
   心をこめて生きてください
   たとえあなたが、傷ついていても
   傷ついたことなどないかのように
   愛してください

   まずあなたが
   愛してください
   あなた自身と、人が
   この村に生きてある
   ということを

   もしもたくさんのわたし・たちが
   この村を愛することを知ったなら
   まだ間にあいます
   人びとを引き裂いている非道な力から
   この村を救えます
   きっと