《ムーラン・ルージュ》★★★★★!!!
メディアージュのシネコンで《ムーラン・ルージュ》を観た。劇場で映画を観たのは数年ぶり。先週末に観そこなって気になっていたので仕事をちよっとさぼった。
二時間あまりの上映時間の三十分を過ぎたあたりから涙が止まらず。
結局クレジットロールが流れ、観客がすべていなくなるまで立ち上がれず。

映画を観て、あれほど涙が出たのははじめて。
まっすぐな話を、あれほどストレートに語りながら、その語り口の幻惑的なこと。
ともすれば興をそぐ寸前でリズムを変える鮮やかさが冒頭から最後の1カットまで。
いやクレジットからクレジットまで、息をつかせない。

とりわけ、サティーンが伯爵のもとに抱かれに行っている間、劇場で待つスタッフたちによって演じられるタンゴシーンは出色。これまでに観たどのタンゴ映画よりも、アルゼンチンタンゴの切迫した官能を見事に映像言語に置き換えていた。
このシークエンスを観るだけで2500円の価値あり。

主題歌になるのかどうかユアン・マクレガー自らが歌う《NATURE BOY》のラスト二行はこんなふうに訳されていた。

  「人がこの世で知る最高の幸せ
  それは誰かを愛し、その人から愛されること」

この中学生が書いたような歌詞を最初と最後にたっぷりと聴かされて、なお一瞬も目をはなさせることなく、引きつけきったバズ・ラーマンは、
「これぞ映画だ」と言わんばかりの演出力を披露した。
ほんとうに、ひたすら感動したよ。

思いついて最終回を観た。
劇場を出たのが十一時。
浜に降りて、きらめく月とレインボーブリッジを眺めながら夜風に吹かれてベンチからしばらく立てなかった。

難を言えば、できればラストはどんでんで
命だけは救ってほしかった。
それでは映画としての出来が半減するだろうが、生かしてやりたかった。しらけてもいいから。ばかげた感想かな。

こういう映画は基本的に一人で観ることにしたい。
あるいは深いところで共感しあえると確信をもった相手と観ることにしたい。
さらにできるだけ観客の少ない時間帯を選びたい。
もうひとつ、観る時間は夜、以外は無意味。
一人の物思いの世界に没入しきれないと、
たぶん途中で席を立つことになりかねないから。

おかげで、仕事ははかどらず。
栄養剤飲みながら奮闘しておるがどうもな。


1900年。パリ。モンマルトル。

ほんのすこしずれるが
マン・レイはモンマルトル時代を振り返り
「世界は、キャバレーだった」と言ったという。

いや、数年ぶりの劇場体験。
なんとも衝撃的だった。
少し時間をあけてもう一度観たい。


これからもう一頑張り。
ムーラン・ルージュを体験したあとてマキシオを書く。
正気でいられるかどうか。