「私たちは春の中で」終章
仕事の収束がこんなにも感傷的な気分にさせられたのは、はじめての体験である。
さびしい。気が狂うほどにさみしい。

仕事ではなく、まだずっと若かったときに、「バリケード」の中でこんな気分に浸ったことがあった。ような気もする。

エキスポとバリケードと天と地の差がありながら、なぜこれほど喪失感が強いのか。

旗印とは、かくも人の想いをしばるものなのか。広告では決して味わうことのなかった、覚えることのなかった、ストレートに突破していくことの絶対的な快感。これをおれはずいぶん長い間忘れていたように思う。

なんでこうなっちゃうのか。

中島みゆきの「私たちは春の中で」の3ブロック目をリピートして聴いている。

  「もしも一人だったならば
   もしも孤独だったならば
   もしも虚ろだったならば
   もしも自由だったならば
   春はあやまちの源
   私たちは春の中で
   なくさないものまで
   なくしかけている」

こんんなの聴いてるからいけねえんだよな。くそして寝よ。
明日は宮様が泊まられるホテルでそんなんでいいのかと思わぬでもないが。