夢見そば
村松の「夢見そば」を読んだ。
小説としては村松らしい出来の悪さで、哀しいくらいにスカスカした内容だったが、桐屋の唐沢さんをモデルにした山都の「水そば」が印象に残った。
そばについては、しかし宮下の「新そば読本」の表現の方がはるかに陰影に富んでいる。対象に向う愛の軽重がその表現にあきれるほど忠実にあらわれていて、比べ読みになったがそこがおもしろかった。
それにしても村松の俗悪さ加減は底なしである。
しょせんは編集者どまりの才能を、文化バブルが作家に仕立てた、その釣り銭だけでしのぐ見苦しさがページの隅々ににじんでいた。
直接会った印象からは、唐沢さんと「そば」という材料だけで、はるかに起伏のある世界を描けたはずである。