賢明さん、いまどこにいますか?
オフィスで91年のレガシー東北ロケの演出ノートを見つけた。
ちょうど今ごろの時期だった。初秋の9月の二週間。
湯布院で買った罫のない無地の厚手のノートに、大半が賢明さんの字とポンチ絵で、ときどきおれの読みにくい殴り書きが混じっているやつ。東北のあちこちの温泉旅館のスタンプなども押されていて、一切教山の浄土平からスタートした「風と走る」のほぼ全カットが残っていた。
最後は秋田の入道岬の先っぽの断崖にレガシー突っ込んで、
台風19号の雨と風の中で日本海に向ってマント翻させて
カンテラをふらせたあの午後のことも書かれてた。

読み終わって、
ジンときた。
賢明さんが消えてから8年過ぎた。

特徴のある字とへたくそな絵を眺めながら、
高校1年のときから別れるまでの彼の笑顔を思い返した。

いなくなるひと月前、「風のササヤンカ村」を仕上げ終わって、
二人で小石川のオフィスの編集ルームで見直したとき、
「もう大丈夫だな」とすこし寂しそうに笑っていた。

ちっとも大丈夫じゃねえよ。
全然だめだよ。
16歳の九段高校の屋上の社研時代と何にも変わらねえよ。
迷いっぱなしだよ。
へらへらしながら、不安でつぶされそうだよ。
いまさら仕事放り出して温泉ヤクザにもなれねえよ。

どこ行っちゃったんだか。
駆け落ちなんかしやがって。
このまま進んでっていいのかよ。
もう引っ返せねえぞ。
もう出てこいよ。

賢明さんは、高校の頃からなぜかリューマチが持病で
デモで放水されたあとはよく痛がっていたからおれがさすってやった。
痛いのに効くかなというから温泉に泊まる企画を心がけて
あちこちのプロデューサーに「何で?」って不審がられながら
演出プランに温泉の近くを強引に入れていった。

湯治部というのはもともとあんたが言い出したことじゃねえか。
あんたと温泉につかりながらこのまま人生暮れていければ最高だって、あんまり嬉しそうだから、おれもいつのまにか温泉好きになったんだよ。

おれはほんとは風呂が好きじゃないよ、いまでも。
お湯にちょっとつかってるとすぐにぼーっとするからな。
だからスタッフからは、温泉に入る割には洗いもしないで
すぐに上がるね、なんて皮肉られてるんだよ。
「まあな」と笑って応えているんだよ。

いまじゃすっかり温泉好きのディレクターだよ。
こわもてごまかせるし、とぼけてて受けもいいからな。
湯治部の名前も全世界に公開したよ。日本語だけど。
「TOJIBU.COM」もとったぞ。


あんたみつけたらまたやるんだよ。
社名は「TOJIBU.COM」。
温泉ヤクザのなりそこないらしくていいだろ?

辻は経営だのなんだのの単行本書きまくってるし、
横江はあいかわらず丸紅だのBSだので先生扱いでやにさがってるし、
日比野はオフィスツーワンでタケシだの石原慎太郎だの相手に
文化好きのプロデューサーごっこにかまけてるし…


みんなつまらねえんだよ。


賢明さん、出てこいよ。
「TOJIBU.COM」やろうよ。
好きな温泉毎日いれてやるから、
台本も企画もぜんぶおれが書くから、
「おもしろいな」って言ってくれるだけでいいから
またやろうよ。
練鑑始まって以来と教官におだてられたIQ使ってさ
おれのこと「大丈夫だ」って言ってくれよ。

なんだかまとまっちゃいそうなんだよ。
このまま順調にいっちゃいそうなんだよ。

いっしょうけんめいパソコンに取り組んで
なんとかネットワーク使えるようにしたのは
いつかあんたに届かないか、と思ったからだ。

こうしてウエブ遊びを続けていれば
いつかどこかであんたが見て、
ぽつんとメールをくれるかも知れない、
そう思ったからだ。



きょうは夕方から蒲田はすげえ嵐だよ。
5時間も雷がなりつづけてる。
そのせいかな、
ずっとためていたことを書いたよ。賢明さん。
なんだか、もう呼びかけてもいいような気がしたんだよ。




今夜は、宇崎の「夜霧のブルース」をかけるよ。
原稿につまると二人でよくこいつを聴いたよな。