「家族狩り」の文庫化が完結 全5巻
 読者と“対話”900枚加筆 事実上の書き下ろし

 作家、天童荒太さんの「家族狩り」(新潮社文庫)が話題になっている。文庫化にあたって900枚も加筆し計2200枚、全5巻としたこと、2月から月1冊ずつ刊行することで読者の反応や世の中の動きに対応できる出版形式にしたこと・・・。最終巻が店頭に並んだ6月1日時点で、既に計85万部。天童さんは「素材とタイトルは同じだが、まったく別の作品として書き下ろした」と話す。

 単行本の「家族狩り」は1995年に出版、翌年の山本周五郎賞を受賞した。天童さんによると、95年版の執筆時に前面に出したのは「家族幻想への怒り」だった。

 「あのころ、社会のさまざまな問題について、家族に責任を押し付ける風潮があった。家族がよくなればすべて解決する、家庭にかえれ、と。僕はそれをうさんくさく感じていました。そうした幻想は子どもや女性といった弱い立場の人にゆがみを押し付ける」

 家族幻想にノーを突きつけ読者に振り向いてもらうために「ある程度ショッキングな表現も必要だった」と天童さんは振り返る。

 その後、99年出版の「永遠の仔」(幻冬舎)がベストセラーに。親に虐待された経験を持つ若者3人を描いたこの作品には5千通もの反響が寄せられた。自分も虐待を受けたと告白する読者や死を考えている人からの手紙もあった。

 「つらい体験を全部受け止めようとしたら倒れてしまって・・・。『こういう読者と対話ができるようなものを今後も書いていこう』と誓うことで回復できた。だから『家族狩り』を文庫にすることになったとき、怒りと否定で表現した95年版のままでは読者に差し出せないなと思った。あれでは対話は成立しない」

 「過ぎ去った年月」も天童さんに“書き下ろし”を決意させる理由となった。神戸の連続児童殺傷事件や大阪教育大付属池田小学校の校内児童殺傷事件が起こり、虐待事件も表面化。国外に目を転じれば、米中枢同時テロ以降、イラクなどで戦闘が続いている。

 「国内の小さな悲劇と世界情勢は実は密接につながっているのではないかとずっと考えていました。個人の欲望が世界を動かし、それが家族や個人に戻ってくる。両方をみないと、どちらも解決しない、和解の道はみえてこないと思います」

 家族の物語と世界的な問題の接点はどこにあるのか。世界の悲しみから目を背けずに目の前の現実にどう立ち向かえばいいのか。それは文庫版の新たなテーマとなった。

 崩壊家族を狙った連続殺人事件が縦軸になっていることは95年版と変わらない。しかし残酷な描写は減り、代わりに登場人物の葛藤を丁寧に描いた。

 家族を築くことに抵抗を覚える教師、息子を自殺に追いやった過去を持つ刑事、虐待児童を救済しようと奔走する児童心理専門の施設職員、接触障害から抜け出せない女子高校生・・・。不完全で弱いけれど、懸命に生きようとする人びとに天童さんの温かな視線が注がれる。そして物語の最期には、新しい家庭の形がかすかな希望とともに示される。

 「血縁による家族だけを家族と考えるのではなく、家族という概念をもっと広げて緩やかにしていった方がいいのではないか。小説でできることは可能性の提示だと思う。こんなふうに生きていくことも可能だよ、と受け取ってほしい」

 月一冊でというペースでの出版は「二度とやりたくないと思うほどきつかった」という。「ただ、社会の動向や読者の声を受け止め、そこから普遍性を手に入れると、物語がさらに遠くまで届くようになる気がする。雪だるま式に思想も技術も深まり、最終的には一段大きな作品に仕上がった。作品のためにはこの形式で出版してよかったとしみじみ思っています」

 「長い物語です。登場人物と旅をしながら、一緒に考えて欲しい」。。。とのことですが。。。考えさせられること、随分多いのではないでしょうか?