2003 05/11 06:37
Category : 日記
正確には、昨夜から降り続いているのですが、さて、こんなお天気で、果たしてソフトボール大会が開催されるとはとてもおもえないけれど、どうなんだろう。。。
「本日の。。。」ってまだ放送はされていないんだけど。こういうのが困るよね。
仕出屋さんのお弁当が全部パーになってしまうんだから。
数も多いし、食品衛生上前の日に作るなんてことはとても出来ないから、材料だけは仕入れているにしても、大きな損害だと思う。
でも、その〜町の体育協会会長とかなさっておられる人だったら気がもめることだろうな。
昨日は、本当に久し振りに。。。5月に入って初めて実家へ行った。父がとても喜んでくれたし、お昼を過ぎて、帰ろうとした私を引き止めてくれたのが、却って私にはつらかったな。
母の言葉遣いって、私、どうしても好きになれない。あれは長女として育った人
独特のものなのだろうか。
母には妹が二人居る。上の妹の方は元来
お手伝いさんをしていた人なので、言葉遣いが物凄く丁寧だし、相手のことをとてもよく考えての物言いが素晴らしいと私は常々思っている。
母には、この叔母さんの言葉を少しでも見習って欲しいと思う。でも、それは無理なんだろう。
昔は、やはり姉妹でも、年長の者が頭みたいなところがあったから、妹には偉そうな物言いをしても通っていたのだと思う。
それが、何もかもまるで違う。
私などは一応郵便局の窓口に居たことが少しでもあるものだから、それが物凄く耳についてしまう。
父は、車の修理を主にしていた会社で
自動車保険専門の外交員みたいな形で随分長いこと働いていたものだから、物腰がまるで違う。確かに父と母では、母の方が一つ年上になるから、歳でいうと、母が父に偉そうな物言いになるのも致し方が無いのかな?と思うときがあるけれど、歳が上とか下とかに関係無く、相手に対する物言いというものをもっと考えて欲しい。。。
母は何をしていたかと言うと、今で言う看護士さん。耳鼻咽喉科専門の個人医院で住み込みで働いていたらしい。その理由が振るっている。人には頭を下げたくなかったからだという。ナルホド。。。叔母とは違う筈だと納得した次第。。。
母にはまるで自分の言葉が相手に対してどの様に取られているかなどとは考えないみたいで、どうも、父に対しても前に出たい傾向がある様に思えて仕方が無い。
育った家の大きさとか、そんなことも関係しているのだろうか。
昔の身分制度じゃないけれど、小家とかという言葉を今でも使う人が田舎には居たりして、ナルホド、父の家よりも母の実家の方が立派ではあったらしい。でもだからって言葉まで母が大きな家の子のままで良いわけが無いと思うのだけど。
そこのところで、私は母と対立して来たことがある。でも、母には何度言ってもわかっては貰えなかった。家にばかり居て、社会というものを知らなさ過ぎると思う。
私は私以外の人は目上の人だと思うことにしている。例え小学生でも。。。まぁ、小学生に対して敬語を使ったりはしないけれど。
でも、その方が間違いが少ない気がしている。自分のことをそこまで蔑む様なことはする必要が無いのかも知れないけれど。
相手を尊敬しているか、していないかで、おのずと、その言葉も違って来る様な気がしてならない。
つまり母は父のことを尊敬していないのではないだろうか。大正生まれの両親なのに、男尊女卑などと言う言葉は無かったのだろうか。。。?家の大きさって、そんなに言葉までをも変えてしまうものなのだろうか。
今は平成の世の中で、家が大きいとか小さいとかにこだわっているのはおかしいと思うけれど、これも田舎暮らしをしていると、色々と地区へ収める金額が、例えば、
田畑の大きさで区別されたりする。これはもう、致し方の無いことなのかも知れない。だからって、大きい、小さいにこだわるのは何かちょっと変だなって思うのは私だけなんだろうか。
ま、何はともあれ、肺気腫で、在宅酸素になってしまった父ではあるけれど、酸素吸入器を携帯しなくても車の運転が出来るまでになって、やれやれというところ。
「本日の。。。」ってまだ放送はされていないんだけど。こういうのが困るよね。
仕出屋さんのお弁当が全部パーになってしまうんだから。
数も多いし、食品衛生上前の日に作るなんてことはとても出来ないから、材料だけは仕入れているにしても、大きな損害だと思う。
でも、その〜町の体育協会会長とかなさっておられる人だったら気がもめることだろうな。
昨日は、本当に久し振りに。。。5月に入って初めて実家へ行った。父がとても喜んでくれたし、お昼を過ぎて、帰ろうとした私を引き止めてくれたのが、却って私にはつらかったな。
母の言葉遣いって、私、どうしても好きになれない。あれは長女として育った人
独特のものなのだろうか。
母には妹が二人居る。上の妹の方は元来
お手伝いさんをしていた人なので、言葉遣いが物凄く丁寧だし、相手のことをとてもよく考えての物言いが素晴らしいと私は常々思っている。
母には、この叔母さんの言葉を少しでも見習って欲しいと思う。でも、それは無理なんだろう。
昔は、やはり姉妹でも、年長の者が頭みたいなところがあったから、妹には偉そうな物言いをしても通っていたのだと思う。
それが、何もかもまるで違う。
私などは一応郵便局の窓口に居たことが少しでもあるものだから、それが物凄く耳についてしまう。
父は、車の修理を主にしていた会社で
自動車保険専門の外交員みたいな形で随分長いこと働いていたものだから、物腰がまるで違う。確かに父と母では、母の方が一つ年上になるから、歳でいうと、母が父に偉そうな物言いになるのも致し方が無いのかな?と思うときがあるけれど、歳が上とか下とかに関係無く、相手に対する物言いというものをもっと考えて欲しい。。。
母は何をしていたかと言うと、今で言う看護士さん。耳鼻咽喉科専門の個人医院で住み込みで働いていたらしい。その理由が振るっている。人には頭を下げたくなかったからだという。ナルホド。。。叔母とは違う筈だと納得した次第。。。
母にはまるで自分の言葉が相手に対してどの様に取られているかなどとは考えないみたいで、どうも、父に対しても前に出たい傾向がある様に思えて仕方が無い。
育った家の大きさとか、そんなことも関係しているのだろうか。
昔の身分制度じゃないけれど、小家とかという言葉を今でも使う人が田舎には居たりして、ナルホド、父の家よりも母の実家の方が立派ではあったらしい。でもだからって言葉まで母が大きな家の子のままで良いわけが無いと思うのだけど。
そこのところで、私は母と対立して来たことがある。でも、母には何度言ってもわかっては貰えなかった。家にばかり居て、社会というものを知らなさ過ぎると思う。
私は私以外の人は目上の人だと思うことにしている。例え小学生でも。。。まぁ、小学生に対して敬語を使ったりはしないけれど。
でも、その方が間違いが少ない気がしている。自分のことをそこまで蔑む様なことはする必要が無いのかも知れないけれど。
相手を尊敬しているか、していないかで、おのずと、その言葉も違って来る様な気がしてならない。
つまり母は父のことを尊敬していないのではないだろうか。大正生まれの両親なのに、男尊女卑などと言う言葉は無かったのだろうか。。。?家の大きさって、そんなに言葉までをも変えてしまうものなのだろうか。
今は平成の世の中で、家が大きいとか小さいとかにこだわっているのはおかしいと思うけれど、これも田舎暮らしをしていると、色々と地区へ収める金額が、例えば、
田畑の大きさで区別されたりする。これはもう、致し方の無いことなのかも知れない。だからって、大きい、小さいにこだわるのは何かちょっと変だなって思うのは私だけなんだろうか。
ま、何はともあれ、肺気腫で、在宅酸素になってしまった父ではあるけれど、酸素吸入器を携帯しなくても車の運転が出来るまでになって、やれやれというところ。