2025 01/05 11:05
Category : 記録
「外見から変えて行こ・・・皆で、チョンマゲ切り」 「鏡開き」を文学で250111
近江屋では、正月十一日に鏡開きと蔵開きを行う。年末から飾っておいた鏡餅を割り、店の蔵も開け始めのお祝いをする。鏡開きの時刻は仕事が上がり始める午後三時と決まっていたが、奉公人が気もそぞろに集まってくるなか、肝心の当主は姿を見せない。奥向きにも店にもいなかった。当主無しに行事を始めるわけにいかず、大番頭の佐助が、身の周りの世話をする女衆おなごしを呼びつけて尋ねた。
表から「おいでやすー」と、丁稚の元気のいい声に続いて、ぱたぱたという草履の音が聞こえてきた。どうもその客が奥まで入ってきたようである。丁稚が慌てて、
「あの、お客はん。あの、そっちは……」
と声をあげるが、着流しの大島紬に毛織りのトンビを引っ掛けた、客人と思われた男は構わず奥に入ってくる。そして集まっている奉公人たちの前で、落ち着いた様子でトンビを脱いだ。
女衆たちからひゃーともきゃーとも取れるけったいな声が上がり、その“散切りジャンギリ頭”の客人が、あろうことか十一代当主その人であることが明らかになる。
何事もなかったような駒蔵のその一言で、準備の整っていた鏡開きが始まり、餅を木槌で割った後にぜんざいが全員に配られる。皆が競って頬張る中、駒蔵は新たな企てを口にした。
「近江屋一同、まずは外見から変えて行こ思うねん。ほやさかい、皆で、チョンマゲ切り、しまへんか」「えーっ?」
今度は手代らの間から驚愕の声が上がる。
「断ちバサミでチョッキンと切りまんねん、ほしたら、髷がコロンって落ちまんねん。今からここで一斉にやりまへんか。皆でやったら怖いことあれへんし。そのあとは、順々に髪結行って、わたしみたいに綺麗にしてもらいなはれ。金は近江屋が出しまひょ。さ、チョッキンすんなら今でっせ」
(広谷鏡子『沈み橋、流れ橋―明治・大正・昭和 一族三代のものがたり―』 2023年12月15日 12:07 )
近江屋では、正月十一日に鏡開きと蔵開きを行う。年末から飾っておいた鏡餅を割り、店の蔵も開け始めのお祝いをする。鏡開きの時刻は仕事が上がり始める午後三時と決まっていたが、奉公人が気もそぞろに集まってくるなか、肝心の当主は姿を見せない。奥向きにも店にもいなかった。当主無しに行事を始めるわけにいかず、大番頭の佐助が、身の周りの世話をする女衆おなごしを呼びつけて尋ねた。
表から「おいでやすー」と、丁稚の元気のいい声に続いて、ぱたぱたという草履の音が聞こえてきた。どうもその客が奥まで入ってきたようである。丁稚が慌てて、
「あの、お客はん。あの、そっちは……」
と声をあげるが、着流しの大島紬に毛織りのトンビを引っ掛けた、客人と思われた男は構わず奥に入ってくる。そして集まっている奉公人たちの前で、落ち着いた様子でトンビを脱いだ。
女衆たちからひゃーともきゃーとも取れるけったいな声が上がり、その“散切りジャンギリ頭”の客人が、あろうことか十一代当主その人であることが明らかになる。
何事もなかったような駒蔵のその一言で、準備の整っていた鏡開きが始まり、餅を木槌で割った後にぜんざいが全員に配られる。皆が競って頬張る中、駒蔵は新たな企てを口にした。
「近江屋一同、まずは外見から変えて行こ思うねん。ほやさかい、皆で、チョンマゲ切り、しまへんか」「えーっ?」
今度は手代らの間から驚愕の声が上がる。
「断ちバサミでチョッキンと切りまんねん、ほしたら、髷がコロンって落ちまんねん。今からここで一斉にやりまへんか。皆でやったら怖いことあれへんし。そのあとは、順々に髪結行って、わたしみたいに綺麗にしてもらいなはれ。金は近江屋が出しまひょ。さ、チョッキンすんなら今でっせ」
(広谷鏡子『沈み橋、流れ橋―明治・大正・昭和 一族三代のものがたり―』 2023年12月15日 12:07 )