2025年01月の記事


斬新な設定「釧路のおすすめベスト3」 北大通ぶぶる15th250111
 斬新な設定「釧路のおすすめベスト3」 北大通ぶぶる15th250111

 ここまで「蔵開き&鏡開き」 「船魂祭」「川崎船」と書いてきた。
 この1月11日に開く「北大通ぶぶる15th」例会のテーマを、主宰してくださる方が伝えてくださった。
 催事の内容は、掲示の画像に示されている。多くの人は「魅力」。そう訴える。

 ここでは趣をコトにするようだ。
 さて参加者からどのような提案が示されるのか。わくわくしているのですよ。
 「ベスト3」。そう示すのみで、それ以上の説明を敢えてされては居ない。
 議論の「膨らみ」を、期待されての事であろう。

 さて、どのような、どんな広がりの話題に発展するものやら。乞うご期待。
 催事は25年1月11日 午前10時から 釧路フイッシャーマンズMOO3
階会議室。
 会場は釧路川右岸。往時は魚卸売市場所在地。水揚げの船が接岸、川の澪筋を漁場に急ぐ漁船が航行。

 1月11日、市場で鏡開き&蔵開き、停泊の舟は船魂祭りにあたり満飾艦。2010年1月、釧路川左岸に一隻の舟が停泊し、船飾りを風になびかせていた。
 漁業基地なら恰好な<観光資源>。<観光立国>を申すなら、「プログラム貧困」の指摘もある」が。
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帆走で4-5里先沖合に&船型生み出す高速大漁操業 越後改良型川崎舟釧路川河口に101111
 帆走で4-5里先沖合に&船型生み出す高速大漁操業 越後改良型川崎舟釧路川河口に101111

1分前2025/01/07 火曜日 11:03
 帆走で4-5里先の沖合に&その船型生み出す高速大漁操業 越後改良型川崎舟釧路川河口に101111

●「川崎船(かわさきぶね)」といえば、釧路市立博物館で、展示されていますが。
博物館で展示されている「川崎船」は、新館がオープンしたときに展示用として建造された船です。昭和58年の新館開館を前に、一度だけ造船元の旭町の平岩造船から、釧路川河口までを往復してもらいまして、進水式と記念運行を行ったことがあります。
●いま、「川崎船(かわさきぶね)」は「釧路漁業を特色付ける展示品」というお話がありました、が。
川崎船は、釧路漁業が前浜から沖合に漁場を拡大していった時期に、活躍した漁船です。時期は明治20年代にさかのぼります。
釧路沖、4-5里というところには、釧路川の「みおすじ 澪筋」と海溝が交叉する場所があります。そこでカレイ・タラ・キチジなどの魚を漁獲する漁業がはじまりました。ここに掲げたカレイ・タラ・キチジという魚は、生涯をひとつの場所で過ごす魚です。サケやニシンのように、移動している魚とは生態のことなる魚種です。
つまり川崎船は釧路の漁業を、漁場(ぎょじょう)の点では前浜から沖合いに拡大しました。漁業種目の点で川崎船は、季節性の高い漁業から通年型の新しい魚種を採取する漁業を追加したという、特徴があります。
●いま、「川崎船(かわさきぶね)」は新潟県の漁業者の持ち込んだ船というのも、特徴ですね。
新潟県の北蒲原郡や西蒲原郡の漁業者の方が、釧路沖に出漁してくるわけですよ。
佐野孫右衛門という方が寺泊から、江戸時代に来ていました。そうしたことが契機になったのか、次第浜・藤塚浜など聖籠町(せいろうまち)の砂浜海岸、間瀬(旧岩室村)・寺泊(長岡市)などの岩石海岸から、優れた船頭や力のある船持ち漁業者が、釧路に出稼ぎします。
●ところで、「川崎船(かわさきぶね)」という船の特徴を教えてください。
これが近代において、いくぶんの動力(小型エンジン)を装備するところから、「東北・北海道地方で、小型の発動機付き漁船。蟹工船(かにこうせん)の付属船にも使用」というわけです。小林多喜二の『蟹工船』が、最近、読まれておりまして、そこにも川崎船の記載が登場するということです。
川崎船の特徴の第一は、帆走船ということで=帆ではしる船。くわえて櫓や櫂を用いて漁場への移動、漁場での操業、そして漁獲物を輸送しながら帰港するためにつかわれますから、これをエンジンで移動する動力船に対して「無動力船」と位置づけています。  (佐藤宥紹 地域コミュニティ放送FMくしろ 「釧路歴史探訪 143話」)
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「海の衆」に微笑む「メガミ」ご神体=船魂祭 地域コミュニティ放送FMくしろ101118
「海の衆」に微笑む「メガミ」ご神体=船魂祭 地域コミュニティ放送FMくしろ101118

船魂祭は、漁業をいとなむ人々や、船を建造し、船をあやつって海のうえで生業をいとなむ方にとっては、たいせつな祭事(まつりごと)のひとつ、重要な年間行事のひとつです。

本来は、船舶関係者のお祭りで、船を建造する船大工さんの熱い信仰をあつめています。転じて、漁業に関係する方々が、一年間の海上安全や大漁豊漁を祈願する祭事となっています。
「ふなだま」と呼んで、「船魂(ふね・たましい)」と書きますが、歴史事典では「船霊(ふなだま)」と表記し、「船玉とも(書く)」ことがあると、説明されています。「船霊(ふなだま)」のはたらきは、「船と航海の安全のための守護霊・守護神」にあるというわけです(永原慶二監修『岩波 日本史辞典』1999年)。

「フナガミ」「オフナサマ」「オオダマサマ」の名で信仰をあつめ、「女神」であるとの言い伝えが多いとされています。荒くれだった「海の衆」に、にこやかに微笑む「メガミ」という設定です。
ご神体は、「男女の人形一対」「一文銭十二枚(閏年に建造した場合は13枚)」「柳製の賽(サイコロ)二(個)」「五穀《米・麦・豆・粟・黍=キビ、もしくは稗=ヒエ》」「化粧道具」「女性の髪」と、「神社の分霊」をあてます。

祭事は、正月2日とされています。新年のお祭りです。ただ、マチ場では正月11日に行われることが多く、現に港に停泊する船が航海や漁をやすみ祭事をする姿をみるのは、釧路地方でも1月11日です。
1月11日を祭事の日とすることについて、いくつかの指摘があります。そのひとつは、「(1月11日が)一年365日の潮の初め(潮口)にあたり、白髭社の初祭典にもあたります。船主は自分の持ち船へ行き、洗米と御酒、なます、くしがきなどのほか12個の角餅を供え、船魂さんに一年間の海上安全を祈り」というわけです。(「釧路歴史探訪 144話」佐藤宥紹)
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「外見から変えて行こ・・・皆で、チョンマゲ切り」 「鏡開き」を文学で250111
「外見から変えて行こ・・・皆で、チョンマゲ切り」 「鏡開き」を文学で250111

 近江屋では、正月十一日に鏡開きと蔵開きを行う。年末から飾っておいた鏡餅を割り、店の蔵も開け始めのお祝いをする。鏡開きの時刻は仕事が上がり始める午後三時と決まっていたが、奉公人が気もそぞろに集まってくるなか、肝心の当主は姿を見せない。奥向きにも店にもいなかった。当主無しに行事を始めるわけにいかず、大番頭の佐助が、身の周りの世話をする女衆おなごしを呼びつけて尋ねた。

 表から「おいでやすー」と、丁稚の元気のいい声に続いて、ぱたぱたという草履の音が聞こえてきた。どうもその客が奥まで入ってきたようである。丁稚が慌てて、
「あの、お客はん。あの、そっちは……」
 と声をあげるが、着流しの大島紬に毛織りのトンビを引っ掛けた、客人と思われた男は構わず奥に入ってくる。そして集まっている奉公人たちの前で、落ち着いた様子でトンビを脱いだ。

女衆たちからひゃーともきゃーとも取れるけったいな声が上がり、その“散切りジャンギリ頭”の客人が、あろうことか十一代当主その人であることが明らかになる。
 何事もなかったような駒蔵のその一言で、準備の整っていた鏡開きが始まり、餅を木槌で割った後にぜんざいが全員に配られる。皆が競って頬張る中、駒蔵は新たな企てを口にした。
 「近江屋一同、まずは外見から変えて行こ思うねん。ほやさかい、皆で、チョンマゲ切り、しまへんか」「えーっ?」
  今度は手代らの間から驚愕の声が上がる。

「断ちバサミでチョッキンと切りまんねん、ほしたら、髷がコロンって落ちまんねん。今からここで一斉にやりまへんか。皆でやったら怖いことあれへんし。そのあとは、順々に髪結行って、わたしみたいに綺麗にしてもらいなはれ。金は近江屋が出しまひょ。さ、チョッキンすんなら今でっせ」
 (広谷鏡子『沈み橋、流れ橋―明治・大正・昭和 一族三代のものがたり―』 2023年12月15日 12:07 )
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「絶対者に<私>を見てもらえる」 若い女性 in 出雲大社250101
 「絶対者に<私>を見てもらえる」 若い女性 in 出雲大社250101

元日の朝、nhkGの4:54.出雲大社 いずもおおやしろ 拝殿で手を合わせ拝礼する女性。
 「神様に私をみてもらえるように思って」と、熱心に。

 出雲神社。高さは8丈(24メートル)の本殿。
 切り妻、妻入りの構造で、平面は九本の柱を田の字型に配置した正方形の間取り。
 “大社造”と呼ばれる日本最古の神社建築様式。心御柱と称する太柱を中心に、正面向かって右側の側柱との間は板壁となって殿内を仕切る。大国主大神が鎮座され内殿(御神座)を護って。 https://izumooyashiro.or.jp/precinct/keidai-index/gohonden

 人びとはなぜに。壮大な堂宇を築くや。
 1)絶対者=神・仏、絶対者に自身を見てもらう、見てもらいに足を運ぶ。
 2)教典=教義に示された聖地を再現
 3)同朋・同行=受容者が組織するネットワークで非日常を体験。

 時の権力者はしばしば、自身の権威の象徴として華麗・壮麗な拝殿を建築。
 世に残すも時移り、記憶の彼方に位置するとき、護持・持続の営為は再生産されつづけるや。
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第一節目の歌詞データ&登場順確定 鮎川七福神舞230820YouTube
 第一節目の歌詞データ&登場順確定 鮎川七福神舞230820YouTube

鮎川七福神舞。地域のレジェンド・柴田美恵子さんの映像があって、歌詞第一節が判明。
 230820YouTube「牡鹿鯨まつり2023 ダイジェスト 2023/08/20」で、登場順を理解できた。
 「七福神舞」。伝承形態は祠やオブジェクトではなく「舞」。故に七福神の表現がデフォルメされている。そう申さねばならぬ。

 最初に登場は「太鼓腹」が第一=「布袋尊」
 第二に「小槌」=「大黒天」
 第三が「釣り竿に魚」=「恵比寿天」
 第四は「長頭」=「福禄寿」
 第五は「先が三叉の剣」=「毘沙門天」
 第六に「立派なあごひげ」=「寿老人」
 第七が女神=「弁財天」
 再度、小槌の大黒天が舞って、七福神舞を結ぶ。

 地域語=方言交じりの歌詞は、「音声表記」のシステムを透過させてもどの神か、なかなか判別困難であった、が。
(早見表) https://hotokami.jp/articles/169/
  「七福神とは?見分け方やご利益、由来をご紹介」=| ホトカミ
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250101頌春 令和乙巳(二〇二五年)歳旦
頌春 令和乙巳(二〇二五年)歳旦

「地域が文化を創る」は<仕事がある>で来道一世が外部<の投資・技術・着想>に依存。
 そこに疑問を感じた人は「地域で文化を創る」と次世代を支え、鍛えることに。
 移住三世は「地域を文化で創る」に取り組む。

 道央圏=苫小牧港・新千歳空港隣接地への投資は別として、民間資本&公共財の投資縮小の今、地域で付加価値を創造するかは<住民の知恵&創造力>発揮の局面。

 1)自身にも他者にも益する価値を育て、
 2)小さな手掛かりをつむいでネットワークを、
 3)口コミの質評価を重視して一石による波紋が広く拡大しますように。

 日頃のご厚誼に深く感謝いたし、かわらぬご支援、お付き合いをお願いいたします。
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