「(佐野碑園)今までと違う見方ができそう」 181025イツクシマ歴史文化セミナー
 「(佐野碑園)今までと違う見方ができそう」 181025イツクシマ歴史文化セミナー

 4回目となる「イツクシマ歴史文化セミナー」を担当させていただきました.25日18時ー20時のことです.

 地元の『北海道新聞』さんが取材をしてくださり、以下のように要約してくださいました.
 「(南大通にある佐野碑園にスポットをあて)移住者の受け入れや道路の開削など私財を投じて釧路の発展に寄与した佐野孫右衛門」
 「佐野の業績を記した顕彰碑を建て、市史編さんにも携わった元市会議長の佐々木米太郎らの生涯を解説」、と.

 そのうえで、語りの内容にも触れていただきました.
 「碑が作られる人物はその時代に注目され、敬意をはらわれたということ.その思いを絶やしてはいけない」.

 来釧後四年.
三〇歳代の女性の出席者が感想を述べてくださったそうです.
 「以前から佐野碑園の由来が気になっていたので勉強になった.今までと違う見方ができそう」.

 用意の資料30部が不足.
神職さんたちが資料の追加用意で忙しい思いをしていただきました.約60名のご参加と報じられています.

 夜分、浜中や厚岸からかけつけてくださった教育関係者のお方も足をはこんでいただきました.



厳島神社さんの神職さんが<マチ発展>の一助にと奔走してくださった点が、強く印象にのこります.

 多くのご参加をいただきました.丁寧に報道で周知していただいたこと.

 話を担当させてもらった者をこえて、釧路市米町、そして寺社門前町で汗ながしている方々にもお役に立ててよかった、です
 (181025 釧路厳島神社社務所 「孫右衛門家の明治期」).