北海道 戦後70年(下)
 離農・離村のヒトは、どこへ?.
 その一は札幌.昭和45年=100万人を超え、大都市へのアプローチ.建設業経営&同従業者が他の政令都市を超えるシェア.
 道民は道外には出ること少なく、札幌が人口ダムの位置に.

 バブルの増加.その典型は占冠(しめかっぷ)村.
 リゾート開発.「村には一円の金もないが、法の制約をはずすなら達人の良吏がそろっている」.それで農地はリゾート地に転じ、900人の雇用確保.人口は半分以下の減少から7割強に、復帰.
 離農もあったが、若者の雇用もできた.

 学者の見解.
 「北海道は国の政策と軸をひとつにして、発展」「政策がかわると、産業の撤退、人口支持力を失う」
 「(占冠村)トマムは国にさきがけて、自分たちで考えた」.

 本州の都合、日本経済が必要とした国内資源調達.
 その必要があったとき、「投資可能地」は「投資対象地」にむけ集中的に投資、労働力が必要であった.
 国外エネルギー、資源への依存.北海道への投資は、転換した.

 住民.みんなで二階にあつめられ、ほどなくハシゴをはずされた.そういうこと、あまり意識していないようにも、見えるが.