三島、刈羽、頚城の三流派 or三島・野積、刈羽、頚城の四流派 越後杜氏の地域別住み分け240624
三島、刈羽、頚城の三流派 or三島・野積、刈羽、頚城の四流派 越後杜氏の地域別住み分け240624

 「米どころ・越後」に根付いた伝統の杜氏職。
 味わい&特徴、その一に。
 「米の品質に始まり素材一つ一つに自信をもてる」。
 「製造工程の細部にまでこだわった逸品」。
 「華やかな香りとすっきりと綺麗な味わいが特徴」(越後杜氏 大吟醸  Sakenomy)。

 味わい&特徴、その二に。
 「本醸造酒越後流の王道を行くキリッと引きしまった味わい」で
 「すっきりした喉ごしと、飲み飽きしない淡麗で軽やかな旨味」
 「料理の味を邪魔せず引き立て、食中酒」として最適。
 「冷や酒~熱燗でスイスイと飲み進めてしまう最強地酒」。

 地域ごとに、三島(さんとう)杜氏、刈羽(かりわ)杜氏、頸城(くびき)杜氏の3流派に。
 または、三島杜氏を越路杜氏と野積(のづみ)杜氏の2つに分けて4流派とする考え方がある。
 これらは越後杜氏の「三大出身地」「四大出身地」たるを示す(中村豊次郎著『越後杜氏と酒蔵生活』 新潟日報事業社)、と。

 越後杜氏の起源。
 「宝暦4=1754年の「勝手造り令」以降、日本酒の製法が四季醸造が寒造りへと移行」 「米の収穫が終わると、貧しい農民が冬場の醸造のために関八州や尾張へと出稼ぎに行ったのが発祥」
 「冬は積雪が深くて裏作の麦もできず、海も荒れて出漁できない越後の村から」「より多くの人手を欲している造り酒屋と、農閑期の現金収入を得たい農民とのあいだで利害が一致」したことが、
 「杜氏集団の形成に寄与したといえる」、とも。

 そうですかー、江戸時代初期のことかと、受け止めていましたが。
 故に南部杜氏に続く、「第二の集団」なのかねー。