2011 04/19 22:26
Category : 日記
花に三春の約あり(はなにさんしゅんのやくあり) 前もって約束でもしてあったように、春になると必ず花が咲くことをいう。 類:●蛍に三夏の約あり 用例:御伽草子-ふくろふ「花に三春の約あり、いかで情をかけざらむ」
中昔の事なるに、加賀の国かめわり坂の麓に、ふくろふといふ鳥あり、年を申せば八十三。ある日の雨中のつれ/゛\に、ふくろふ心に思ふやう、我此の年になるまで栄華を極めず、所詮栄華をせむと、烏の九郎左衛門、鷺の新兵衛を近づけて、「いかに皆々聞き給へ、あねはの松山とりの院にて、月竝の管絃のありし時、鷽姫の琴ひき給ふ御姿、しづ心なき恋となりて、心も心ならず、包むに包まれず、いやましの思ひ草となるまゝに、彼の御方へ玉章ことづけて給はれ。」と申しければ、烏の九郎左衛門、鷺の新兵衛、詞をそろへて言ふやうは、「仰せにて候へども、彼の鷽姫の御事は、七つ八つの年よりも今日に至るまで、上見ぬ鷲さまの御口説き候へども、終に御返事もなき由、うけたまはり候、我等如きの者が御文づかひを申すとも、いかで御返事あるべきぞ、只同じくは山雀のこさく殿を御頼み候へ、それをいかにと申すに、をきなき時よりも同じ所にて御育ち候へば、殊にかしこき方なれば、定めて一往の御返事あるべき。」と申しければ、ふくろふげにもと思ひ、山雀の宿へゆき、「いかに山雀殿聞き給へ、粗忽なろ申し方にて候へども、あねはの松山鳥の院にて、月竝の管絃のありし時、鷽姫の琴ひき給ふ御姿を一目見しより、由なき恋となり、身のやるかたもなく候。及ばずながら世の嘲りを顧みず、彼の御方へ玉章を送りまゐらせたく候。わりなき申し事ながら、文伝へてたび給へ。」と、打歎き申しければ、山雀申しけるやうは、「鷽姫の御事は上見ぬ御方より御心をかけさせ候へども、終に御靡きもなき由、うけたまはり候へども、余りに/\御心のうち痛はしく候まゝ、御つかひ申すべし。」と申しけれぱ、ふくろふ喜び、文さま/゛\と書きにけり。
さて/\何にとりてか、高天の原に余所ながら見染めしよりこの方、何とやらむ心の内の乱れ髪、思ひの種となりにけり。入江に近き蜑小舟、こがれて物や思ふらむ、何しに君をみ熊野の、音無川の淵瀬にも沈みはつぺきとは思へども、君に名残やをし鳥の、思へば、命存へて、神や仏の恵みにも、頼む仮寝の声を聞き参らせむ。その為にかき集めたる藻塩草、現にも見る旅寝の小車の、廻り逢はむと思ふ君、思ひし言の葉草こそ、譬む方もなかりけり。されば浮世のその中に限りあらざる事はなし。物によく/\譬ふれぱ、み山の木の葉、空の星、岸うつ波と真砂をば数へば限りありぬべし。その外唐土、天竺、我が朝、鬼界、高麗、契丹国、三千大千世界の畜類も、虫獣に至るまで数へば限りありぬべし。法華経は一部八巻二十八品、文字の数は六万九千三百八十四字に積れり。大般若経は六百巻、文字の数は五十九億四十八万字に積れり。東方朔が九千歳龍智和尚が一千歳、浦島太郎が七百歳も、限りある由承り候へ共、君を思ひし事は限りなし。物によく/\譬ふれば、春の花、秋の月ぞと、織姫か、皆鶴か、小野の小町か、毘沙門の妹に吉祥天女か、松浦姫、紫式部か、小式部か、和泉式部か、小督の局、大織冠の乙姫、玄宗皇帝の三千人のその中に、第一の妃楊貴妃、源氏六十帖の女房達、この外遊女数々多しと申せども、君に及ぶ人はなし。されぱ古き歌にもよまれたり。「情には賤しき袖はなきものをからさで宿れ宵の月影。」とよみおかれけむも、斯様の思ひよりも始まれり。上は玉楼金殿、下は賤か伏屋まで、野にふし山を家とする虎狼野干の類まで、情はありとこそ聞け。一切の生類のその中に、この道知らぬものはなし。かやうに申すことの葉を、只大方に思すなよ、御返事なきものならば、浮世は不定のならひ、互に消えはて参らせて、今生にての怨念、又来世にての怨み、生々世々に至るまで、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天人、この六道を歩かむ時、微塵程も離れずして、くるり/\と追ひ廻り、憂きもつらきも後の世にて申すべし。もし此の事上見ぬ鷲さまへ漏れ聞え、死罪に及ばむ其の時は、死出の山、三途の川をこす時に、手に手を取組んで刹那が間に打渡り、閻魔の庁に参りつゝ、阿●羅刹に苛責せられむ事共、怨みと更に思ふまじ。扠々此の事申し伝へむその為に、生滅滅巳の鐘を聞き、八声の鳥を打過ぎて、是生滅法の鐘、朗々と打響き、はや東雲に立明しつゝ、終にいつとも見えもせず、君故誠の咎もなき神や仏を怨みつゝ、君故身をもやつれそひ、人目を包む事なれぱ、哀れと問はむ方もなし。斯かる思ひをしなのなる浅間の獄に立つけぷり、胸よりや立ちぬらむ。花に三春の約あり、いかで情をかけざらむ。されば浮世の習ひには、風に靡く篠竹も、胡蝶に親しむ習ひあり、水にうもるゝ浮草も蛍に一夜の宿をかす、虚空を照らす月だにも、桂男に宿をかす、一通り一村雨の雨宿りも他生の縁と承る、一河の流れを汲む事も、他生の縁と聞きぬれば、及ばぬ恋をする人は、神も哀れと思すらむ。数ならぬ我が袖の、乾くまもなき浮草の、苔の袂も朽ちぬべし、まつことわりも枯々になりゆく袖も白雲の、立ち迷ひゆく有様にて、筆を止め申すなり。
かやうに書き認めて、山雀のこさく殿に渡しけり。
その後ふくろふ仏神三宝に祈誓申しける中にも、み山の薬師へ願書を認めてこめける。「南無薬師瑠璃光如来、彼の鷽姫へわか玉章の誠にとつき、よろしき御返事を賜はり、それがしに笑みを含ませ給ふものならば、薬師の御宝殿を金銀を鏤め、黄金の瓔珞、瑪瑙のゆき桁、玻璃の柱、錦の戸帳、水晶の切石、金銀の砂を敷き、池には玉の橋をかけ、極楽浄土をまなぷべし。」と、頭を地につけ祈誓申さる間、山雀こそ彼の宿へゆき、いろ/\の物語を始めつゝ、その後申しいだしけり。「誠にこれまで参る事、別の仔細で更になし。たとへばかめわり坂の麓にふくろふ、そもじさまを恋にして、あけくれ袖をぬらさせ給ふ。つゝむに包まれずして、それがしを御頼み候程に、参りて候」とて、かの御文をとりいだし、まゐらせければ、鷽姫これを受取らず、山雀のかたへ投げ返す。山雀とりあへず一首の歌をよまれたり。
ふくろふの我を頼みし玉章を空しくいかで返しはつべき
とよみければ、鷽姫返歌に及ばす、山雀にいふやうは、「誠によく/\聞き給へ、年比上見ぬ御方よりさま/゛\の御ことの限りあらねども、御返事も申さず候へども、そもじの御使にましませば、事かりそめの水茎も、いかではかなく洩らすべし。」とて、御返事をぞ遊ばしける。
あからさまなる御言の葉、誠に水茎のあと打置き難く、詠め参らせ候。さては数ならぬ身に心をかけさせ給ふかや。返事に及ばず候へども、文の中恐ろしく思ひ参らせ候て、事仮初の申し事にて候へども、我が身は賤しき者にて候へぱ、そもじは葛城山の神のゆかりにてましませば、誠しからず思ひ参らせ候。みづほのあはの仮初に、末も通らぬ物故に、仇名立ちては何かせむ、なか/\人には始めより、問はれぬ怨みのあらばこそ。さりながらそもじとこんやの機緑薄くして、契りし事もよもあらじ、来む世すぎて又来む世、天に花咲き地に実なり、西方の弥陀の浄土にて契りなむ。
と書きとゞめ、山雀に渡しけり。山雀斜ならずに思ひつゝ、急ぎ帰りてふくろふ殿にぞ奉りける。ふくろふ戴き開いて見るに、おりたしなみたる言の葉なり。山雀もさも曲なげなるふせにて帰りける。
さる程にふくろふ余りに事の物憂さに、木の葉かきよせ枕とし、少しまどろむところに夢をぞ見たりける。「われは山の薬師なり、さても鷽姫の方よりよき返事にて候を、それを知らずしてさとらむことの不便さよ。こむよ過ぎて又こむよとは、明日の夜の事なり、天に花さきとは、月星いでさせ給ふことなり、地に実なるとは、ほのかにあかくなきことなり、西方の弥陀の浄土とは、これより西の阿弥陀堂の事なり、それにてあすの夜の月いで候はぬに逢はむ。」と、超こさせ給ふと夢に見て、かつぱと起きていふやう、「さこそしるしなり。」と思ひ、俄に支度して阿弥陀堂へぞ行きにける。さる間、かの所に夜もすがら待ちにける。夜中の時分に少しまどろむところに、鷽姫十二単を引飾り、めのとの女房ひきつれて、阿弥陀堂へぞ行きにける。ふくろふ、まどろむ姿を見てけおこし、そこにて一首の歌をよまれたり。鷽姫の御歌、
思ふとは誰がいつはりのうそぞかし思はねぱこそまどろみぞする
とよみければ、ふくろふ返歌に、
よひは待ち夜中は怨みあかつきは夢にや見むとまどろみぞする
とよみけれぱ、鷽姫此の歌をきこしめして、打解け顔にて御物語いたしまゐらせむと、比翼連理の契りをぞこめければ、ふくろふ余りの嬉しさに、中にもかやうに鷽姫の寝物語のやうは、蜑のしわざや藻塩草、火屋のけぶりにあらねども、はや浦風に打靡き、さゞめ言さま/゛\なり。そののちふくろふも、「扠々此の程の君に心をつくし舟、こがるゝことの悲しかりしに、終にあふみの鏡山、むかふ心のうれしさよ、又そもじは音に聞きし滝の水、かやうに落ち合ひまゐらせむとは、夢にも更に知らざりし、悠々と御物語申したく候へども、人目を忍びまゐり候、はや/\帰りまゐらせむ。」と、十二ひとへの褄をひきかへ、はや帰らむとせし時、ふくろふ余りの悲しさに、泣く/\歌をよみ侍りける。
片糸のくるほどならばとまれかし深きなさけはよるにこそあれ
とよみければ、又鷽姫の御返歌に、
かりそめにふしみの野べの草枕露ほどとても人に知らすな
とよみすてて、急ぎ宿へぞ帰りける。もろ/\の鳥ども此の由を聞き及び、鷽姫の方へ腰折なりとも一首おくりまゐらせむと、思ひ/\に歌をよみ侍りける。
君ゆゑに身を墨染にそめなして深山烏となるぞ悲しき
我か恋をたがしら鷺の願ひには君と岩屋にふたり住まばや
四十から今この年になりぬまであはぬ恋にぞ身をやつしぬる
うそ姫を思ふ心は深草の野辺にいつまでねをや鳴きなむ
数ならぬ雀の多き声よりもわが一声に靡けうそ姫
見しよりもその面影にあこがれて躍りまゐれど逢はぬ君かな
此の君のなさけを深くかうぶりて末たのもしく臥すよしもがな
うそ姫の情をほろとかけられて世になき鳥と人にいはれむ
思ひきやつれなき君を恋にして夜半にかたみをとつてこうとは
その後壁に耳、岩の物言ふ歌のならひ、此の事上見ぬ鷲さまへ洩れ聞え、ふくろふの方へはい鷹のころくを討手に向けられけり。然るにふくろふは早く木の陰におちにけり。料簡なくしてうそ姫を害し給ふ。此の由ふくろふうけたまはり、起臥なげき沈みける、目もあてられぬ風情なり。せめて腹を切らむとて、刀に手をかけ給ふ所を、ふくろふの緑類みみづくのきすけ意見申しけるは、「腹を切り候はむより、鷽姫の亡き跡を御とぶらひ候へ。」と申しけれぱ、ふくろふげにもとて思ひとゞまり、その後弥陀を頼みて梓にかけにける。まづ神おろしをぞ始めける。「上は梵天帝釈、四大天王、閻魔法王、五道の冥官、王城の鎮守八幡大菩薩、春日、住吉、北野天満大自在天神、伊勢天照大神、山には山の神、木には木魂の神、地にはたうろう神、河には水神、熊野は三つの御山、本宮薬師、新宮は阿弥陀、那智はひれう権現、滝本は千手観音、熱田の観音、富士の浅間大菩薩、信濃には諏訪上下の大明神、善光寺の阿弥陀如来、南無三宝の諸仏を請じおどろかし候ぞや。
さて/\今生の花の縁、かやうに散りはてまゐらせ候べきとは、夢にも更に知らざリしに、思ひもよらぬ梓の声の水手向けかたじけなや、誠に/\偕老同穴のかたらひも、縁つきぬれば甲斐もなく、比翼連理の言の葉も、かれ/゛\になるさゞめ言、誠にさんてんの中のたかゑぼしに、申したき事の海山語りても/\尽きせじ、かつ/\其の時名残惜しきこと、後世の障りになり候ぞや、さても/\不思議なる事にて、かやうに候や、さりながら思ひ切り、これ/\も思ひ候へども、九泉にかゝりまゐらせ候間、夜六度、昼六度、十二時の苦しみ、御推量したまへ、語るははてもなし、閻魔の前を忍びて、これまでまゐりて候ぞや、いざや魂弥陀の浄土へいそぐべし。」その後ふくろふ猶々歎きまさりけり。はや浮世によしもなく、元結切りて西へ投げ、高野の峯にあがりつゝ、奥の院にて髪を剃りそれより三熊野にまゐり、三つの御山を伏し拝み、その後諸国をめぐりつゝ、かやうに成り果てぬるも、誰ゆゑぞ、露と消えにし鷽姫の、菩提をとはむためなれば、恨みと更に思はぬなり。
http://www.ksskbg.com/otogi/fukurou.htmlより引用
中昔の事なるに、加賀の国かめわり坂の麓に、ふくろふといふ鳥あり、年を申せば八十三。ある日の雨中のつれ/゛\に、ふくろふ心に思ふやう、我此の年になるまで栄華を極めず、所詮栄華をせむと、烏の九郎左衛門、鷺の新兵衛を近づけて、「いかに皆々聞き給へ、あねはの松山とりの院にて、月竝の管絃のありし時、鷽姫の琴ひき給ふ御姿、しづ心なき恋となりて、心も心ならず、包むに包まれず、いやましの思ひ草となるまゝに、彼の御方へ玉章ことづけて給はれ。」と申しければ、烏の九郎左衛門、鷺の新兵衛、詞をそろへて言ふやうは、「仰せにて候へども、彼の鷽姫の御事は、七つ八つの年よりも今日に至るまで、上見ぬ鷲さまの御口説き候へども、終に御返事もなき由、うけたまはり候、我等如きの者が御文づかひを申すとも、いかで御返事あるべきぞ、只同じくは山雀のこさく殿を御頼み候へ、それをいかにと申すに、をきなき時よりも同じ所にて御育ち候へば、殊にかしこき方なれば、定めて一往の御返事あるべき。」と申しければ、ふくろふげにもと思ひ、山雀の宿へゆき、「いかに山雀殿聞き給へ、粗忽なろ申し方にて候へども、あねはの松山鳥の院にて、月竝の管絃のありし時、鷽姫の琴ひき給ふ御姿を一目見しより、由なき恋となり、身のやるかたもなく候。及ばずながら世の嘲りを顧みず、彼の御方へ玉章を送りまゐらせたく候。わりなき申し事ながら、文伝へてたび給へ。」と、打歎き申しければ、山雀申しけるやうは、「鷽姫の御事は上見ぬ御方より御心をかけさせ候へども、終に御靡きもなき由、うけたまはり候へども、余りに/\御心のうち痛はしく候まゝ、御つかひ申すべし。」と申しけれぱ、ふくろふ喜び、文さま/゛\と書きにけり。
さて/\何にとりてか、高天の原に余所ながら見染めしよりこの方、何とやらむ心の内の乱れ髪、思ひの種となりにけり。入江に近き蜑小舟、こがれて物や思ふらむ、何しに君をみ熊野の、音無川の淵瀬にも沈みはつぺきとは思へども、君に名残やをし鳥の、思へば、命存へて、神や仏の恵みにも、頼む仮寝の声を聞き参らせむ。その為にかき集めたる藻塩草、現にも見る旅寝の小車の、廻り逢はむと思ふ君、思ひし言の葉草こそ、譬む方もなかりけり。されば浮世のその中に限りあらざる事はなし。物によく/\譬ふれぱ、み山の木の葉、空の星、岸うつ波と真砂をば数へば限りありぬべし。その外唐土、天竺、我が朝、鬼界、高麗、契丹国、三千大千世界の畜類も、虫獣に至るまで数へば限りありぬべし。法華経は一部八巻二十八品、文字の数は六万九千三百八十四字に積れり。大般若経は六百巻、文字の数は五十九億四十八万字に積れり。東方朔が九千歳龍智和尚が一千歳、浦島太郎が七百歳も、限りある由承り候へ共、君を思ひし事は限りなし。物によく/\譬ふれば、春の花、秋の月ぞと、織姫か、皆鶴か、小野の小町か、毘沙門の妹に吉祥天女か、松浦姫、紫式部か、小式部か、和泉式部か、小督の局、大織冠の乙姫、玄宗皇帝の三千人のその中に、第一の妃楊貴妃、源氏六十帖の女房達、この外遊女数々多しと申せども、君に及ぶ人はなし。されぱ古き歌にもよまれたり。「情には賤しき袖はなきものをからさで宿れ宵の月影。」とよみおかれけむも、斯様の思ひよりも始まれり。上は玉楼金殿、下は賤か伏屋まで、野にふし山を家とする虎狼野干の類まで、情はありとこそ聞け。一切の生類のその中に、この道知らぬものはなし。かやうに申すことの葉を、只大方に思すなよ、御返事なきものならば、浮世は不定のならひ、互に消えはて参らせて、今生にての怨念、又来世にての怨み、生々世々に至るまで、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天人、この六道を歩かむ時、微塵程も離れずして、くるり/\と追ひ廻り、憂きもつらきも後の世にて申すべし。もし此の事上見ぬ鷲さまへ漏れ聞え、死罪に及ばむ其の時は、死出の山、三途の川をこす時に、手に手を取組んで刹那が間に打渡り、閻魔の庁に参りつゝ、阿●羅刹に苛責せられむ事共、怨みと更に思ふまじ。扠々此の事申し伝へむその為に、生滅滅巳の鐘を聞き、八声の鳥を打過ぎて、是生滅法の鐘、朗々と打響き、はや東雲に立明しつゝ、終にいつとも見えもせず、君故誠の咎もなき神や仏を怨みつゝ、君故身をもやつれそひ、人目を包む事なれぱ、哀れと問はむ方もなし。斯かる思ひをしなのなる浅間の獄に立つけぷり、胸よりや立ちぬらむ。花に三春の約あり、いかで情をかけざらむ。されば浮世の習ひには、風に靡く篠竹も、胡蝶に親しむ習ひあり、水にうもるゝ浮草も蛍に一夜の宿をかす、虚空を照らす月だにも、桂男に宿をかす、一通り一村雨の雨宿りも他生の縁と承る、一河の流れを汲む事も、他生の縁と聞きぬれば、及ばぬ恋をする人は、神も哀れと思すらむ。数ならぬ我が袖の、乾くまもなき浮草の、苔の袂も朽ちぬべし、まつことわりも枯々になりゆく袖も白雲の、立ち迷ひゆく有様にて、筆を止め申すなり。
かやうに書き認めて、山雀のこさく殿に渡しけり。
その後ふくろふ仏神三宝に祈誓申しける中にも、み山の薬師へ願書を認めてこめける。「南無薬師瑠璃光如来、彼の鷽姫へわか玉章の誠にとつき、よろしき御返事を賜はり、それがしに笑みを含ませ給ふものならば、薬師の御宝殿を金銀を鏤め、黄金の瓔珞、瑪瑙のゆき桁、玻璃の柱、錦の戸帳、水晶の切石、金銀の砂を敷き、池には玉の橋をかけ、極楽浄土をまなぷべし。」と、頭を地につけ祈誓申さる間、山雀こそ彼の宿へゆき、いろ/\の物語を始めつゝ、その後申しいだしけり。「誠にこれまで参る事、別の仔細で更になし。たとへばかめわり坂の麓にふくろふ、そもじさまを恋にして、あけくれ袖をぬらさせ給ふ。つゝむに包まれずして、それがしを御頼み候程に、参りて候」とて、かの御文をとりいだし、まゐらせければ、鷽姫これを受取らず、山雀のかたへ投げ返す。山雀とりあへず一首の歌をよまれたり。
ふくろふの我を頼みし玉章を空しくいかで返しはつべき
とよみければ、鷽姫返歌に及ばす、山雀にいふやうは、「誠によく/\聞き給へ、年比上見ぬ御方よりさま/゛\の御ことの限りあらねども、御返事も申さず候へども、そもじの御使にましませば、事かりそめの水茎も、いかではかなく洩らすべし。」とて、御返事をぞ遊ばしける。
あからさまなる御言の葉、誠に水茎のあと打置き難く、詠め参らせ候。さては数ならぬ身に心をかけさせ給ふかや。返事に及ばず候へども、文の中恐ろしく思ひ参らせ候て、事仮初の申し事にて候へども、我が身は賤しき者にて候へぱ、そもじは葛城山の神のゆかりにてましませば、誠しからず思ひ参らせ候。みづほのあはの仮初に、末も通らぬ物故に、仇名立ちては何かせむ、なか/\人には始めより、問はれぬ怨みのあらばこそ。さりながらそもじとこんやの機緑薄くして、契りし事もよもあらじ、来む世すぎて又来む世、天に花咲き地に実なり、西方の弥陀の浄土にて契りなむ。
と書きとゞめ、山雀に渡しけり。山雀斜ならずに思ひつゝ、急ぎ帰りてふくろふ殿にぞ奉りける。ふくろふ戴き開いて見るに、おりたしなみたる言の葉なり。山雀もさも曲なげなるふせにて帰りける。
さる程にふくろふ余りに事の物憂さに、木の葉かきよせ枕とし、少しまどろむところに夢をぞ見たりける。「われは山の薬師なり、さても鷽姫の方よりよき返事にて候を、それを知らずしてさとらむことの不便さよ。こむよ過ぎて又こむよとは、明日の夜の事なり、天に花さきとは、月星いでさせ給ふことなり、地に実なるとは、ほのかにあかくなきことなり、西方の弥陀の浄土とは、これより西の阿弥陀堂の事なり、それにてあすの夜の月いで候はぬに逢はむ。」と、超こさせ給ふと夢に見て、かつぱと起きていふやう、「さこそしるしなり。」と思ひ、俄に支度して阿弥陀堂へぞ行きにける。さる間、かの所に夜もすがら待ちにける。夜中の時分に少しまどろむところに、鷽姫十二単を引飾り、めのとの女房ひきつれて、阿弥陀堂へぞ行きにける。ふくろふ、まどろむ姿を見てけおこし、そこにて一首の歌をよまれたり。鷽姫の御歌、
思ふとは誰がいつはりのうそぞかし思はねぱこそまどろみぞする
とよみければ、ふくろふ返歌に、
よひは待ち夜中は怨みあかつきは夢にや見むとまどろみぞする
とよみけれぱ、鷽姫此の歌をきこしめして、打解け顔にて御物語いたしまゐらせむと、比翼連理の契りをぞこめければ、ふくろふ余りの嬉しさに、中にもかやうに鷽姫の寝物語のやうは、蜑のしわざや藻塩草、火屋のけぶりにあらねども、はや浦風に打靡き、さゞめ言さま/゛\なり。そののちふくろふも、「扠々此の程の君に心をつくし舟、こがるゝことの悲しかりしに、終にあふみの鏡山、むかふ心のうれしさよ、又そもじは音に聞きし滝の水、かやうに落ち合ひまゐらせむとは、夢にも更に知らざりし、悠々と御物語申したく候へども、人目を忍びまゐり候、はや/\帰りまゐらせむ。」と、十二ひとへの褄をひきかへ、はや帰らむとせし時、ふくろふ余りの悲しさに、泣く/\歌をよみ侍りける。
片糸のくるほどならばとまれかし深きなさけはよるにこそあれ
とよみければ、又鷽姫の御返歌に、
かりそめにふしみの野べの草枕露ほどとても人に知らすな
とよみすてて、急ぎ宿へぞ帰りける。もろ/\の鳥ども此の由を聞き及び、鷽姫の方へ腰折なりとも一首おくりまゐらせむと、思ひ/\に歌をよみ侍りける。
君ゆゑに身を墨染にそめなして深山烏となるぞ悲しき
我か恋をたがしら鷺の願ひには君と岩屋にふたり住まばや
四十から今この年になりぬまであはぬ恋にぞ身をやつしぬる
うそ姫を思ふ心は深草の野辺にいつまでねをや鳴きなむ
数ならぬ雀の多き声よりもわが一声に靡けうそ姫
見しよりもその面影にあこがれて躍りまゐれど逢はぬ君かな
此の君のなさけを深くかうぶりて末たのもしく臥すよしもがな
うそ姫の情をほろとかけられて世になき鳥と人にいはれむ
思ひきやつれなき君を恋にして夜半にかたみをとつてこうとは
その後壁に耳、岩の物言ふ歌のならひ、此の事上見ぬ鷲さまへ洩れ聞え、ふくろふの方へはい鷹のころくを討手に向けられけり。然るにふくろふは早く木の陰におちにけり。料簡なくしてうそ姫を害し給ふ。此の由ふくろふうけたまはり、起臥なげき沈みける、目もあてられぬ風情なり。せめて腹を切らむとて、刀に手をかけ給ふ所を、ふくろふの緑類みみづくのきすけ意見申しけるは、「腹を切り候はむより、鷽姫の亡き跡を御とぶらひ候へ。」と申しけれぱ、ふくろふげにもとて思ひとゞまり、その後弥陀を頼みて梓にかけにける。まづ神おろしをぞ始めける。「上は梵天帝釈、四大天王、閻魔法王、五道の冥官、王城の鎮守八幡大菩薩、春日、住吉、北野天満大自在天神、伊勢天照大神、山には山の神、木には木魂の神、地にはたうろう神、河には水神、熊野は三つの御山、本宮薬師、新宮は阿弥陀、那智はひれう権現、滝本は千手観音、熱田の観音、富士の浅間大菩薩、信濃には諏訪上下の大明神、善光寺の阿弥陀如来、南無三宝の諸仏を請じおどろかし候ぞや。
さて/\今生の花の縁、かやうに散りはてまゐらせ候べきとは、夢にも更に知らざリしに、思ひもよらぬ梓の声の水手向けかたじけなや、誠に/\偕老同穴のかたらひも、縁つきぬれば甲斐もなく、比翼連理の言の葉も、かれ/゛\になるさゞめ言、誠にさんてんの中のたかゑぼしに、申したき事の海山語りても/\尽きせじ、かつ/\其の時名残惜しきこと、後世の障りになり候ぞや、さても/\不思議なる事にて、かやうに候や、さりながら思ひ切り、これ/\も思ひ候へども、九泉にかゝりまゐらせ候間、夜六度、昼六度、十二時の苦しみ、御推量したまへ、語るははてもなし、閻魔の前を忍びて、これまでまゐりて候ぞや、いざや魂弥陀の浄土へいそぐべし。」その後ふくろふ猶々歎きまさりけり。はや浮世によしもなく、元結切りて西へ投げ、高野の峯にあがりつゝ、奥の院にて髪を剃りそれより三熊野にまゐり、三つの御山を伏し拝み、その後諸国をめぐりつゝ、かやうに成り果てぬるも、誰ゆゑぞ、露と消えにし鷽姫の、菩提をとはむためなれば、恨みと更に思はぬなり。
http://www.ksskbg.com/otogi/fukurou.htmlより引用