♪あれは三年前。ショートピースとそよ風と
タバコを買いに外に出た。
公園の木々がすっかり新緑になって
ひさしぶりのおだやかな春風というか
初夏の風に葉音を立てていた。
コンビニで、ふとショートピースを買う気になった。
公園の一人しか座れないようにした
高度資本主義のなれのはてのような人民ベンチに座り
辻の好きだったショートピースをふかす。
ほんとうはゲルベゾルデを吸いたかったけど。
辻は、どうしているのかなと
五月のような風にニコチンを散らしながら、偲んだ
iPodをONなし、
ちあきの【喝采】をひさしぶりに聴いた。

戻ってから、
去年、横江達に出したメールを読み直した。
一年一日。十年一日。二十年一日。千秋もまた一日。
横江元気か。譲治生きているか。日比野怒っているか。
賢明さん微笑んでますか。今井さなえ笑ってるか。
辻、苦笑してろよ。
ことしもまた、春が逝く。


From: "Toru Mashiko"
To: "日比野 研" ; "横江茂" ; "KEN HIBINO" ; "須田譲治"
; "渡辺自宅"
Cc: "Tsuji Kazunari" ; "池田オフィス"
Sent: Wednesday, April 15, 2009 10:28 PM
Subject: 再び「まだ空は見えないか、まだ星は見えないか」


> 2009 04/15 21:45
>
>     春の夜は寂しききわみ闇のピアノが鳴りいずるとも
>              うろ覚えの福島泰樹から借り歌
>
> 辻を見送って迎えたはじめての春。
> 九段で花見でもと約束をした頃のメールだ。
> まだ、その花見を果たしていない、が。
> CCの3人は宛先不明のまま。
> 歌もマシコもワタナベも、世につれて
> けっこうきつい人生になってるよ。
> ま、でも生きてます。
> 花見の約束、まだ死んでなければ
> 6月ごろ、紫陽花に降る雨でも
> 眺めながらどうだろう。
> 各自、ご自愛されんことを。
>
> このメールを
> 仕事で出会った親愛なる人たちにBCCします。
> 唐突な一方通行の想いではありますが
> 嵐の後の若葉の出始めた春の宵を歩いているうちに
> みなさんにも出したくなっちゃいました。
> 読み捨て、ということで御免被ります。
>
>
> 件名: まだ空は見えないか、まだ星は見えないか。
> 送信日時: 2008年4月10日木曜日 1:25
> 差出人: Toru Mashiko
> 宛先:日比野 研 , 横江茂 , 須田譲治 , 渡辺自宅
> CC: 辻和成 加藤賢明 今井さなえ
>
> テーマ まだ空は見えないか、まだ星は見えないか。
>
>    ♪道を選ぶ余裕もなく、自分を選ぶ余裕もなく
>     目にしみる汗の粒を、ぬぐうのが精一杯
>     風を聴く余裕もなく、人を聴く余裕もなく
>     過去を語る余裕もなく、未来を語る余裕もなく
>     這いあがれ、這いあがれ、と自分を呼びながら
>     まだ空は見えないか、まだ星は見えないか
>
> と、畳み込みながら結語へと向かう。
> その結語とは、
>
>    「がんばってから死にたいな、がんばってから死にたいな」
>
> 夜明け。長い砂を噛むような編集が終わって蒲田に戻り餅を二切れ焼いて食べ濃いコー ヒーを2杯飲んでベッドに潜り込み5時間泥のように眠った。なんとなく音楽が聴きたくなり買ったまま封を切っていなかった中島みゆきのアルバムをかけた。「ララバイSINGER」。アルバムタイトルのララバイSINGERはネットからダウンロードして聴い
ていた。
アルバムは、初めてだった。その12曲の中に「重き荷を負いて」という中島 にしてはストレートすぎて野暮なタイトルがあった。窓を開け放ち、春の夜風をいれ、 なかばまどろみながら聴いていたら涙がとまらなくなった。それから三十回ほどリピー ト。一曲の長さは7分2秒だから3時間半ほど聴き続けていたことになる。2年前に出たアルバムだからきっときみたちは知ってるよな。春の夜は甘くそして、切ない。あい つの書斎の窓から見たあの冬景色が春になってどんな光景になっているのか。あいつ が散歩したという川原の土手に夢のような春は満ちているのか。音たてて枯れ葉が落 ちてきたあの高い樹木はもう芽吹いただろうか。あいつが愛した三人の美しい娘たちは笑顔で桜をながめてくれているか。ひとなつこいあの犬はもう哀しい遠吠えをやめただろうか。辻と逢いたいよ。剣菱くいくいと飲むあいつと春だな、と笑ってみたいよ。おれはがんばってから死ぬよと云ってやりたいよ。