それでも…
よこえから辻の誕生日にふれたメール。おたがいむかしは誕生日のことなど気にもしなかったのに、な。おれも数日前に思い出し、ちよっと感傷的になっていた。あいつの生まれは紀元節というなんとも間抜けなもので、それだけに覚えやすく、あの頃はよくからかいのタネになっていた。南会津の花泉がまだ残っていたので、敬意を表し乾杯。若いときにはいちども祝ってやることもなかったが。ま、苦笑、してるか。夕方の予報から明日のロケ場所終日晴れになった。辻の功徳?気持ちをまとめに切り替える。最初にエピローグをつないでみた。60"。ラストカットは、縁側に用意された月見団子と二枚の座布団。手前ですすきが揺れている。水盤の水面に月光を浴びたいぶし銀のような陶板外壁が映り込み、軒先から落ちた雨粒を受けてあわく揺らめいている。そこにテロップをあてる。

  「目を閉じて
   ゆっくりと息を吸い
   そして、吐き出す。

   わたしが
   わたしであるための
   時間と空間を
   満たしてくれる場所…」

と。己とはまったく無縁の世界観だが。
ほんとうは啄木の詩集から引きたかったけど…

  「さて、その庭は広くして、
   草の繁るにまかせてむ。
   夏ともなれば、夏の雨、
   おのがじしなる草の葉に
   音立てて降るこころよさ。
   またその隅に
   ひともとの大樹を植ゑて、
   白塗の腰掛を根に置かむ……」

辻がいなくなった日の午後。あいつがタバコを吸っていたという
庭のベンチによこえと座り、目の前の大木の落葉を眺めていた。
あしもとであいつが散歩につれて行っていたという
マンガのような犬が横たわっていた。
音を立てて、屋根の上に落ち葉が散っていた。
光のきれいな、しんしんと冷えた晩秋だった。