色眼鏡。
神楽坂の小料理屋でSと会った。
毘沙門天の手前の小道を入った店。
38年ぶりだとSが笑った。
16歳の面影そのままの笑顔を見ながら
変わらないな、と言うと
君も、と返された。
ロックアウトの前夜にかけた電話が最後で
そのとき「さらば友よ」と
当時流行っていた映画のタイトルを付け加えたらしい。
ひねたガキだったな、とは思ったが
それから一度も連絡をとらず
38年間会わなかったのだから
ま、たしかに「さらば」ではあったのだ。
webのメモや、ムービーを見て
おまえは変わらないね、と言ってくれた。
いや、女衒のような毎日だ、と答えながら
そうか、変わっていないと思ってくれるまなざしもあり得るのだ、
そう思ったら目の奥が痛くなった。
昔のままの柔和な表情ながら
Sの瞳にときおり強い力がこめられる。
ああ、いい顔になったな、
と思ったら、鼻の奥がつんとしてきた。
話し続けていたら、涙がこぼれそうな気がしたので
何度か入っていた携帯をきっかけに、
またの再会を約し別れた。
出がけに、店の年取った娘?さんから
あなたたち赤ふんの人?
と聞かれた。
ああ、赤ふんだよ、と二人で答えた。
赤いふんどし粉砕などと騒いでいた頃が
さっと過っていった。
至大荘、と言ったか。
日比谷の白ふん。九段の赤ふん。
興津の先の守谷湾だったか。
仕事に戻るというSと毘沙門の前で別れた。
おれも仕事に戻ろうと思ったが
クルマをとめかけ、ふと気が変わった。
そのまま神楽坂の裏道をたどり
坂下に降りた。
橋を渡り、土手に上がった。
市谷まで冬桜のの並木を歩いた。
そのまま外堀から神楽坂に戻り
何と言ったか、昔からある山小屋のような
喫茶店に入った。
まずいコーヒーと昔ながらのケーキを頼んだ。
あの頃は、このケーキを食べるカネがなかった
などとつまらないことを思い出しながら
苦いコーヒーをお代わりし
タクシーを拾って蒲田に戻った。
このところたまっていた
仕事がらみのうさがきれいに晴れていた。
さすが弁護士。
人の気持ちも救うのか、と思ったら笑いが出た。
今夜のおれは
Sの色眼鏡を通し
おれではないおれを見せられた
そんな思いが強い。
そして、そのことが
叫び出したくなるほど嬉しかった。
まだ、捨てたもんじゃない
そんな高揚が残っている。
38年。16歳。
おれはまだ4回線ボーイですらなかったはず。