「百万本のバラ」後日談
Amazonから加藤登紀子の「百万本のバラ」が届いたのであらためて聴きながら、なんともやりきりないなと思い、ちよっと後日談を考えてみた。絵描きと詩人とを取り違えていたことがわかったが、せめて、誰が贈ったものなのかくらいは判明してもいいじゃねえか、ということで。

●その後…
それからいくつもの冬と春が過ぎ、女優は行く先々の町で舞台に立つたびに、窓から見える広場を埋めつくす紅いバラの幻を見た。町から町へと渡り歩く彼女の元にひとつの噂が届く。それは貧しい絵描きの百万本のバラの物がたりだった。ある寒い冬の午後に白一色の窓の外を眺めながら、女優はあの日の真っ赤なバラで埋め尽くされた広場を思い出す。百万本のバラの海で窓を見上げる貧しい絵描きの姿を思い出す。翌朝彼女は舞台を捨てた。凍える指先にあの町に戻る切符を握りしめ、ブリザードでなにも見えない荒野を南に向かう汽車に乗った。列車の窓辺で目を閉じた彼女は真っ赤なバラだけを見ていた。やがて彼女は真っ白な冬の町に着いた。色一つない町を絵描きのことを訊ねながら探し歩く。
貧しい絵描きは貧しいままだった。キャンバスも絵の具も無かった。あのバラの花を絵の具がわりに指先で窓ガラスにバラの花を描いていた。絵描きの小さな家はどの窓も壁も指先で描いたバラの花で埋まっていた。吹雪の町外れにぽつんと建った小さな家は、その一角だけが、百万本の手描きのバラの花で埋まっていた。