ポール・ヴィリリォ著作メモ1
による解説
 本書『情報エネルギー化社会―現実空間の解体と速度が作り出す空間』(2002)の原題は「動力の技術L'art du moteur」(1993)。
 車や飛行機などの動力技術は人間や事物を物理移動させる技術だった。しかし現代社会に大きな転換をもたらしている情報技術は、人間や事物を物理移動させる代わりに情報を移動させる。移動を支配していた「内燃エンジン」や「外燃エンジン」は、徐々にその支配的な地位を、「情報エンジン」に譲りつつあるのだ。
 本書で展開されるのは、こうして作り上げられた「情報エンジン化社会」の実相であり、それに至る歴史であり、それが人間社会に波及していくプロセスである。本書によって読者は、「情報エンジン化社会」の基底に横たわる世界、すなわち「光の速度」(リアル・タイム)が作り出す「仮想現実」が、どのように「現実化」し、どのように古典物理的な「時空」世界を解体し、どのような変容を人間「存在」にもたらすのかを知ることができる。
 本書の魅力は、グローバル化やメディア社会の本質を明らかにしている点である。本書を「いたずらに危機を煽っている本」とみる読者もいるかもしれない。しかし新しい技術は、実際に多くの人々の仕事や生活を極めて短期間のうちに一変させてしまう。旧来の新技術は、特権を持つ人から社会全体へと長い時間をかけて波及していった。しかし情報にに関わる新技術は、社会全体を無差別に巻き込み、普通の人々の生活感覚やリズムを一挙に解体してしまう。
 メディア化やグローバル化に危機感を抱かない人々は、実際には社会の中で既得権を持ち、特権的な地位を享受している人たちだ。そして、この新しい技術によって真っ先に影響を被るのは、熟練植字工さんや町工場の人々のように、等身大の手の技術によって生きてきた人々なのだ。すでに社会のコモン・キャリアが鉄道から通信へと大きく変化をしている現在、新しい技術と社会の本質を伝える本が必要ではないか。
 ヴィリリオの原題『極の不動 L'inertie polaire』(1990、邦題『瞬間の君臨』新評論刊)では、仮想空間が実体化する物理世界に迫り、速度が作り出す新しい空間の物理的根拠が明らかにされる。(土屋進)
●新評論刊 四六上製 236頁 本体2400円+税�ISBN4-7948-0545-4�