その男を想う。
狂乱するブラジル勢を彼は見ていたのか。
過ぎてしまった90分の中の、合計しても数秒足らずの二つのシーンを甦らせていたのか。
NHKのキャメラは小刻みにスィッチングを重ね、その機微を伝えない。
試合中のキャメラワークが見事だっただけに、禍根が残るのではないか。

名を忘れたが、鬼のような形相をしたこのキーパーは、ややあってポールに身を預けながら腰を落とした。
両の目は、見るものに忖度を許さず、
爛々と見開かれていた。涙はなし。

表彰式の間、ドイツイレブンは一人として
笑顔の者なし。
こんな表彰式を見たことがない。

ブラジルを応援しながら見ていた。
3Rといい、ロナウドの悲劇と再生といい、
直前の誹謗中傷といい、
ブラジルには勝負の華があるように感じていた。
いい試合ではなかった。
ブラジルが圧倒したように、見えた。

だからキーパーの眼差しの強烈さを
最初の十秒ほどは見苦しいと思った。

時間が経つにつれ、その見方が激変していった。

キーパー自身が崩れ落ちるようにしゃがみ込んだときに、そのピークがきた。
狂奔するブラジルに当てられていたスポットがかき消え、
崩れ落ちた鬼だけがブラウン管の中に浮かび上がった。
涙が止まらなくなった。
そのあとは表彰式でのイレブンの笑みのない顔の群れに止めを刺された。

たいして興味もなく、ハードスケジュールとぶつかったこともあり、
まともに見たのは今夜がはじめてだった。

サッカーのことは知らない。

しかし、
鬼気迫る、凄絶な美しい敗者たちの群れを見た。
僥倖だった。

放送が終わっても、言葉がなかった。
涙だけがとまらなかった。


NHKに言いたい。
(もっともここで書いてもなんの意味もないけど)
せっかくの技術的な研鑽も
志がなければ無意味である。
ディレクターは必死でキーパーの映像をチョイスし続けるべきであったし、
キャメラマンは、崩れ落ちる瞬間を持てる力のすべてを出して収録すべきだった。
事実の前に、映像の迫力が負けていた。
情を報せることを情報と言う。
ならば問いたい。
この夜、NHKは何を世界に発信したかったのか。

その昔、ベトナムでベトコンが射殺される瞬間を撮ってピューリッツア賞をもらった
報道カメラマンがいた。
これは屑の仕事である。
事実の意味など、そんなものだ。



日本は、サッカーをやめたほうがいいと思う。
この国に、ノマドたちのフィールドは似合わない。


ディズニーランドだけでいいのではないだろーか。