跪き人に詫びたることはなき
日暮れ。森の学校の入り口脇にこんもりと繁る林の下でヒグラシの鳴くのを聴いていた。ジ・アースの明かりがつき、湖の水中灯も点灯。森に夕やみがたちこめていく。
その目の隅で醜悪な白いスクリーンが今日も立ち上がっていった。空には月。気温18℃。シャツだけでは寒い森の夏。

示された方法に欠けていたのは勇気。
どこまでも当たり障りのない、八方が丸くおさまり、その実、肝の部分は何も変化なし、というある意味ではごくまっとうな解決案。
闇の中で声を潜めて語られるのは東京でおそれていた折衝案だった。

隠れ星菫派としてのおれには否も応もない。ありがとうございました。ごくろうさまでした、そんな言葉を聞くために白河越えて来たとというのか。ただ笑みを返すだけにとどめた。
人は己の欲した歩幅の川しか越えられないのだ。そのことを百も承知しながら、問いかけたことの愚をかみしめながら、決めた。
遠くまで行こうじゃねえか、と。

星月夜のむじなの森で、ヒグラシの鳴き声とカエルたちの声と木々のざわめきとやさしげな明かりがつくり出す、このむじなの森で二晩続けてさえざえとした月を眺めながら、行けるところまで行ってみようと決めた。

ホテルに戻り、水の惑星の二年続けたメーリングに卒業宣言を投函。これで一人となった。いや正確には渡辺を道連れにしたから二人か。

明日、最大の爆弾を投下する。所払いとなるか、紙吹雪で受け入れられるか二つに一つ。あの森で生起した、あの森で息づくすべての想いをひとつにまとめ、おれにできる最後のミサイルを放つ。

負けたとしても語るべき兵もない。
突破あるのみ。


   「跪き人に詫びたることはなきみどりの涯にさやぐ海あれ」
      福島泰樹《転調哀傷歌》より


     2001.7.30 am2:16 郡山ハマツホテルにて