《朝な夕なに…》その3
ミニラジオドラマシリーズ《朝な夕なに…》
第1回放送台本その3

◎出演
客/松村邦洋
案内係チエ
謎の板前
天の声/西田敏行



●露天風呂

・松村のウフフフフという含み笑いに、ポチャッポチャッと
 お湯に落ちる水滴の音が重なる。
 小間あって、ザバッと水の音。

謎の板前『おい、松村(と、湯桶で頭を叩く)』

松村『若女将さん、ぶったりして、ぼかぁ、そんな趣味ないんだけど、
これも芸のコヤシっすね(と寝呆け声で)あ、痛ッ!』

謎の板前『おい、起きろ、溺れるぞ』

松村 『おお痛ぇ。あっ、ミナミムラ、痛ッ、その、北村さんじゃないすか』

謎の板前『(笑いながら)変わらないな、松村は』

松村 『…で、なんだってまた』

謎の板前『いや、それはいい。松村よ、人生はな、
わからねえことがたくさんあるんだよ。それでいいんだよ』

松村 『借金かなんかすか、それともまた女?おぉ痛ッ』

謎の板前『バカ、売れねえ時にさんざんただ飯喰わしてもらっといて』

松村『あ、そうっス。ほんと、感謝してます。(小声になって)バゥバゥ』 

・流し場で背中を流しあっている音と、あたりの秋の気配。

松村『あの、そこに観音様ありますよね。小さな木の賽銭箱も。
さっき缶コーヒー用の100円玉入れたんだけど、
あれってなんだって風呂ん中にあるのかなぁ』

謎の板前『ああ、先代の趣味だ』

松村『はい?(と、コケる)』

謎の板前『趣味だよ。趣味。そこらにいろいろあったろう。
地蔵だとか、おしゃかさまとか、そういう趣味だったんだよ先代が』

松村『先代の趣味って、じゃ賽銭は?』

謎の板前『それも趣味だよ。
言うだろ、趣味と実益って。そういうのは切り離せねえんだよ』

松村『(小声で)その賽銭どーすんだよ』

謎の板前『(聞こえてる)俺のパチンコだよ(パッコーン!)』

松村『痛ッ』

謎の板前『それよりどうだ、この頃仕事のほうは。
あいかわらず掛布のモノマネ一本か』

松村『はぁ。
バウバウ、ピロピロまではなんとかもったんだけど、
次がいまいちで、なんか、手とか腕ばっか使ってるみたいだし…
(だんだんしんみりしてくる)』

謎の板前『手も腕もいらないだろ、いまのおまえなら。
見てるだけで、居るだけでおかしいタレントってのも
そうはいないぞ、松村』

松村『ほめてんすかぁ、それ?』  
                  
謎の板前『俺はね、そう思うってるよ、昔っから』

松村『そうっすかぁ?』

謎の板前『ま、四、五日ここでのんびりしてみろ、
どうせ、事務所ごまかして来たんだろ、親が急病とかって』

松村『あれっ、何で?』

謎の板前『売れねえ頃にもよく親が事故だとか大病だとかあったじゃねえか。
おい、それより、松村、頭のタオルに挟んでるの何だ?』

松村『えっ?
あ、これ、さっき若女将さんがくれた石けん…。よく泡立ちますよって』

     
・ザーッと湯を流す音と謎の板前の鼻歌。



●客室

・夕暮の気配満ちている。
 サワサワと吹く風の向こうからときどき、
  ドドドーッと噴火を思わせる地響きと、遠い汽笛。

松村『気持ちいいなあ。
あぁ、すべすべだよ。温泉のせいかな、若女将さんの石けんのせいかな。
すーべすーべっと。
畳に寝転んですべすべになった自分の肌さわってると、
なんか、オレ危ない感じだよなぁ。だけど気持ちいいなあ。
あと四日、何しようかな。チエちゃんか若女将さんが
案内 してくれるって言ってたし。
南村さん、じゃなくて北村さんはなんか苦手だから
避けたほうがいいし。      
ま、オレは客だし。
しかし、風が気持ちいいなぁ。まいったなぁ。(と、寝言に)』

・松村のいびきにノックの音重なり、障子がそっと開けられる。

チエ 『松村さん、松村さん…
あーあ、よだれこぼして。松村さあんってば』

松村『(ガバッと起き上がる気配あって)
あっ、別に自分は、すいません、すいません』

チエ『やだ、どうしたんですか?
お風呂から上がってよくお休みになってたみたいですね。
お食事の用意ができましたって言おうと思って、
ごめんなさい、起こしちゃった。後のほうがいいですか?』

松村『あ、いや、その、(グーと腹が鳴る)
ちょうどお腹が空いたとこで。
あれ?なんか顔が濡れてるな』

チエ『やだ、それ、よだれですッ。(コロコロ笑い転げている)』

松村 『えっ。よだれ?
おっかしいなあ。だれがやったのかなあ(ごまかそうとする)』

・二人の笑い声が秋の夕暮の気配に溶けていく。
 その笑い声に、《朝な夕なに》のテーマ音楽が重なる。

天の声『《ホテル・朝な夕なに》では、いつもこんなふうにして
ゲストたちを迎えるのだという。
ダルマ便の源太や謎の板前、美人の若女将とアルバイトのかわいい女性、
そして何よりも東京からほんのわずかで行ける福島のどこかの、
山と湖を一緒に楽しめるこの小さなホスピタリティにあふれたホテルで、
ゲストたちがどんな時間を過ごすことになるのか…』

・とんびの鳴声と山犬の遠吠えが短く同時に入る。
 《朝な夕なに》のテーマ音楽盛り上がる。