焦燥に駆られた2日目 02.12.01
 朝食に間に合うようにちょっと早めに起床しましたが、いつも通り、ついつい布団の中でゆっくりしてしまいました。睡眠時間が3時間程度ですからムリもありません(苦笑)。
 とても覚醒したとは言えない状態でのっそりと食事をしてチェックアウト。バスに乗って今日、唯一のイベント「ボーリング」の会場を目指します。
 ホテルから10分ほど行くとボーリング場に到着しました。2階建ての立派な建物だったのですが、スコアは手書きでした(笑)。
 1ゲームのチーム合計得点で争われる形式で、勝利チームには野川さくらとのツーショットチェキ撮影といった特典が与えられます。また、1チームにつき1度、野川さくらを助っ人として召喚できるカードが与えられました。あらかじめ6人ひと組のチーム編成をされていて、メンバーは全員知己の仲、気兼ねなくプレイできる環境です。1位はムリでも上位は狙いたいと、野望に燃えてプレイに臨んだのですが、結果は惨憺たるものでした。6人中5人までが昨夜の酒盛りの終盤までキッチリ参加していたメンツだったので、しっかりと睡眠を摂っていたMさん以外は文字通り轟沈…。ひとり意気を吐くMさんの足を泥濘に引きこむようなゲームになりました(苦笑)。

 ゲームの進行がスムーズだったのか、はたまた時間の読みが大雑把だったのか、集合写真の撮影の後、バスがボーリング場を離れたのは予定よりも30分も前のことでした。
 予定ではPM4:30に新宿到着となっていたため、懲りずにその後PM5:00スタートのイベントに参加するつもりでいましたので、30分前に出発してくれれば1時間の遅れが出てもPM5:00に新宿着ですから、十分間に合うのではないかと淡い期待を抱いていました。なにしろ今回、下着とシャツの替えくらいしか入れてこなかったカバンの半分を占有していたのは、こっちのイベントに参加するための準備だったのですから(苦笑)。

 その後、バスは遅れに遅れて最後の休憩となる蝦名のインターに到着した段階でPM4:00を回っていました。ここから道が空いてでもいれば間に合います。しかも追い討ちをかけるように追加イベントの情報がEさんからメールによってもたらされました。
 さて、私たちのバスにはここから新宿までの最後の区間は野川さくらが同乗します。
 さて、バスが走り始めてからの第一声は「みなさんに嬉しいお知らせがあります」というものでした。いったい何がよい知らせなんだろうと次の言葉を待っているところに降ってきた言葉は「順調にバスが遅れています」というメギドの火に等しい一言でした。
 バスが遅れるということはすなわち、それだけ野川さくらといっしょにバスに乗っていられるということですから、ファンにとっては確かに“嬉しい”知らせなのです。
 その知らせに沸き立つバスの中、落胆を通り越して怒りを覚えたのは恐らく私だけでしょう。のちに聞いた話では同室だったGさんは飛行機の時間がギリギリだったため気が気じゃなかったようです。

 この後、乗客を喜ばせようと、トークに歌にと新宿に着くまで野川さくらはがんばりました。殊に歌については、バス内のカラオケという環境であることは別にして、3台のバスで歌っていたわけですから、かなりの曲数になっていたはずです。さすがに最後は疲れを露わにしていましたが、よくがんばっていたと思います。時間的なことに焦り、苛立っていたことで、この時間を素直に楽しむことができなか
ったことが口惜しい限りです。
 バスも新宿に近づき、最後は前から順に野川さくらが挨拶にまわってきました。時刻はPM6:00前、さすがに諦めにも似た気持ちになっていましたので、怒りを感じたりすることなく、普通に接することができました。下手をすると昨晩の部屋回りの際よりもゆっくり話ができたかもしれません。最後の最後でしたが、それについてはは救われた想いでした。
 そして、バスは新宿に到着。あらためて最後の挨拶があって、解散となりました。時刻はいよいよPM6:00を回ろうとしていました。すでに参加しているはずのEさんからは何の連絡もなかったので、もしかしたらまだ間に合うのかもしれない。と他の参加者の方々への挨拶もそこそこにバスの到着場所とは真逆の新宿駅東
口方面に走ります。

 西口方面から東口の歌舞伎町方面まで回りこむのに要した時間は実に3分弱。すごい速さです。
 これならば!と淡い期待を抱きつつ、サブナードへと潜りましたが、やはりというか当然というか、すでに終了していて、イベントが行われたという余韻すらありませんでした。
 そこからEさんに連絡をしたところ、彼は時間を勘違いしていて、時間的には本来参加予定だったイベントのあとで開催される追加のイベント会場にずっといたらしいのです。
 結局、ふたりとも参加しそこねて(それでもEさんは構わなかったようですが)、とぼとぼと帰途につかざるをえませんでしたが、バスツアー参加者数名を交えて飲みに行くことにしました。