JUNKO IWAO CONCERT Art Sphere Theatre 2002
 客席に流れていたBGMが止み、客電がスッと落ちて、静かな雰囲気の中で開演しました。
 降りていた幕が左右に開き、ステージ中央には純白のドレスに身を包んだ潤子さんがただひとり、佇んでいました。静かなテンポで始まったコンサート。その1曲目はてのひらの宇宙でした。いつものバンドメンバーの姿もなく、カラオケでしたが、1曲目からこの曲を歌うとは夢にも思わなかったので、昨年のクリスマスコンサートに続いて、完全に意表を衝かれました。FCの、第5期の継続特典CDにこの曲が選ばれていますので、今回はそのバージョンの初お披露目だったのではないかと思います。
 歌い終わったところで挨拶、「ようこそおいでくださいました。最後まで楽しんでいってください」といつもと変わることのない、とても心のこもった挨拶であらためて幕開けです。
 
 一拍おいて、最初のMC。第一声は「雨、降ってますか?」でした(笑)。幸い、曇り空ではありましたが雨には見舞われなかったので、会場からその旨、声が飛ぶと、潤子さんは胸を撫で下ろします。というのも、3日間開催されるコンサートの初日であった昨日は、大雨が降ってしまい、雨女と目される潤子さんにとって「やっぱり」な結果になってしまったからです。
 ひとしきりその話が済むと、「いつまでもひとりというわけにはいかないので」とバンドのメンバーを呼び込みます。会場からの拍手で迎えられ、各々のポジションについたメンバーの紹介のあと、発売されたばかりのNewアルバム、「1/f」を中心にコンサートを進めていきますというコメントのあと、洗いたての青空、Freedomという爽やかなナンバーを2曲続けて歌いました。そして、「私の、ちょっとだけ懐かしい曲を聴いてください」と雨、鳥籠姫、May stormの3曲を歌い、ふたたびMCとなりました。
 曲名ズバリな雨、そしてMaystorm=“5月の嵐”と雨にまつわる曲が含まれる、自虐的ともとれるセクションだったのですが、これには理由があって、京都でライブツアーを行った際に、「Set Listに雨を入れておくと晴れる」ことがわかったそうなのです。それにしたがって今回も入れたのですが、初日には見事に大雨が降ってしまったようでした。また「だけど、この3Daysが終了したら晴れる」ともおっしゃっていましたが結果はどうなっているでしょうか(笑)。
 さて、暗い曲が続いた後は、やっぱり暗い曲でした(笑)。「本人は別に暗いわけではないのになぜか暗い曲ができてしまう。作ろうと思って作っているのではないんです」とおっしゃっていましたが、先日、ご自身のHPのチャットに参加した際にアルバムの完成を伝えたところ。「暗い曲はありますか?」と聞かれて「もちろんありますよ、岩男のCDですから」と応じたところ「やった〜」とか「暗い曲楽しみ〜」といった反応があったそうです。スタッフや作家の方々からもマイナー大王の異名で呼ばれているようで、このままその路線で行ってくださいとも言われているそうです。
 かくいう私も潤子さんの歌う静かな歌、切ない歌はとても好きなので、ぜひそのままの路線で行って欲しいと願う者のひとりです。
 そして話題は、アルバム「1/f」のことになります。これはアルバムコンセプトが“癒し”をテーマにしていて、それに沿って“1/f のゆらぎ”という人間がリラックスできる波長を指す言葉からきているものだそうです。作家の方々にコンセプトとして、「1/f」と伝えれば理解してもらえる、とスタッフの方に言われたそうで、事実、「なつかしいね」とか「アナログの頃を思い出すね」といった言葉とともに素晴らしい曲が集まったとおっしゃっていました。また、音楽による“癒し”というのはゆったりとした曲だけによるものではなく、暗い曲で癒されることもあるし、明るい曲で癒されることもあると聞いて、「暗い曲でもいいんだ」と思われたそうです(笑)。
 その言葉を受けて、次の2曲はつむじ風、涙と本当に寂しいメロディの暗い曲でした。ちなみに涙はアルバム収録曲中、私が1番好きな曲です(苦笑)。

 コンサートも中盤に差し掛かり、ここでスペシャルゲストが登場、昨年に続きギタリストの渡辺幹男さんです。昨年は緊張しながらも幹男さんとの掛け合いを一生懸命に行っていた潤子さんでしたが、今回は幹男さんのことを簡単に紹介するに留め、次に歌う幹男さんの作った曲、グルクン〜赤い魚の燦華〜について語りはじめます。
 この歌は沖縄で、戦時下に若い命を失った特攻隊員とひめゆりの塔の少女たちの歌で、この曲を歌うまで、グルクンが沖縄の県魚であることも知らなかったそうです。しかし、この歌に出会ったことで、戦争というものについて考えるようになり、同時に戦争を知らない自分が歌ってよいものなのか?と悩んだこともあるそうです。
 そんな中、今年の5月15日、沖縄返還30周年の日に沖縄に赴き、ひめゆりの塔に献花して、戦争経験者の方のお話を伺う機会があって、その方が命の大切さ、生きることの尊さを真剣に語ってくれたそうです。その話を聞いて、今、自分にできることは、その想いを歌を通じて伝えることだと思うようになったそうです。今回のアルバムにこの曲を敢えて収録したのは、その気持ちが固まって、これからも歌っていこうと決意したからだそうです。
 そして、幹男さんを交えたメンバーによる演奏でグルクン〜赤い魚の燦華〜(沖縄バージョン)、続いてSAZANAMIを歌いました。潤子さんが歌い、それを聴くたびに、その思い入れの強さが高まるのを感じずにはいられません。
 さざ波がゆっくりと引いていくように効果が消えたステージで、このメンバーが揃うと、もうひとつ、お楽しみがあります。それは消え行く童謡を守る会です。
 昨年の、やはりアートスフィアのステージ上、同じメンバーで発足が明かされたこの会の活動は今年も行われました。
 今回はふるさととシャボン玉でした。ふるさとは潤子さんがいつか自分のふるさとである大分県別府市でソロコンサートが行えるまで取っておこうと決めていたそうなのですが、昨年の11月にその目標を達成して、別府で行われたふるさとコンサートで歌われたそうです。
 さて、ここでやはり懐かしい曲で、どうしても歌いたい歌があると言って、潤子さんが口にしたのは「はじめ人間ギャートルズ」というアニメのエンディング。という予想もしなかったタイトルでした。これが分かる人は“みそじーず”の仲間だそうです。(笑)
 アーティストの方と飲んでいるときに、誰が歌っているのかといった話題になり、つい最近になってこの曲に3番があるということえを知ったとのことで、「知っている人がいても、それはTVサイズの1番だけですよ(笑)」と会場にも声を掛けていました。さらに作ったのがかまやつひろしさんだと分かって、歌詞を読んでみると、地球の誕生から人類の誕生までが歌われた壮大なものであるということが分かり、「これは歌うしかない」という潤子さんのわがままで、決定したそうです。「歌詞を聞いて想像してください」とのことでした。
 そして、「歌詞を見てもいいですか?」と客席に問い掛けます。昨日は歌詞を間違えまい、間違えまいと意識しすぎて、逆に間違えてしまったんだそうです。それで、今日はちゃんと伝えたいので許してくださいと言いながら、スタッフからは間違えて慌てる潤子さんをまた見たいとリクエストされて、迷っていました。最終的にはバンマス、はるきちさんの「見ちゃいましょう」のひとことで、歌詞を見ながら歌うことになると、ちゃんとスタッフが譜面台を持ってきました。この辺りにも潤子さんのステージ特有のやさしい空気が流れていてなんだか心地よい気持ちになりました。かくしてやつらの足音のバラードを気持ちよく歌い上げ、潤子さんは満面の笑顔です。
 それから夕焼け空という今回のアルバム収録の、少し童謡めいた曲を歌ったところで、MCになり、ここまで客席がおとなしく聴いているので「肩がこわばってないですか?」と声を掛けます。ここから少しリラックスしましょうと、「おもしろい話はできませんよ」と前置をして、面白い話をします(笑)。
 最初は美容院に行って、かわいい男の子がシャンプーをしてくれることになって、ちょっと恥ずかしいなと思っていたら、「おいくつですか?」と声を掛けられてしまったそうです。「なんでそんなこと聞くのぉ〜!」と思ったそうですが、素直に「犬年です」と答えたら、「僕もです」と言われてしまい、ちょっとショックを受けてしまったようです。
 そして、沖縄に行った際にラジオ出演をした話をされたのですが、その時のテーマが「探しているもの」だったそうで、その時には「旅先でガラス細工を探しています。部屋に並んでいるガラス細工を見ているとこんなにいろんなところに行ったんだ、と思い出になるから」と答えたそうなのですが、後日談があって、そのラジオのパーソナリティの方から、潤子さんに理由はわからないけれど、番組リスナーの方が昭和62年の50円を探しているとメールが来たというのです。それで、引き出しや財布の中を捜してみたところ、見つからず、「誰かが探しているとわかってしまうと気になりませんか?」と前置きをしてから、「みなさん、今日はお財布をお持ちですか?」と問い掛けます(笑)。会場の照明も上がり、場内でいっせいに財布の中を探る姿がアチコチに見受けられましたが、結局見つからず、「探すとないですよね、ありがとうございました」と締め括りました。

 ※余談ですが、昭和62年発行の50円は大変数が少なく、しかも一般流通はしていないはずなので、まず見つかりません。
 参考:大蔵省造幣局・年銘別貨幣製造枚数

 この後は、本当にリラックスしたムードの中、Newアレンジを施されたSamba de Salut!から、のびやかな曲調の野性の太陽と続き、あっという間に最後の曲、雲の行方となりました。名残惜しい思いの中、「ありがとうございました」そう言って、深々と頭を下げる潤子さんに会場からは惜しみない拍手が送られます。その音に送られて、バンドメンバーと共にステージを去っていきました。
 誰もいないステージに送られていた思い思いの拍手はやがて、ひとつになり、アンコールを求める手拍子へと変わっていきます。誰一人として声を立てず、しかしそれが届くことを知悉した観客の声なき声に潤子さんはちゃんと応えてくれました。
 静々とステージに現れる潤子さん。渡辺幹男さんとピアノの加藤実さんが一緒です。
 「本当にありがとうございます。最後にもう1曲だけ歌わせていただきます」と時間の船を歌い上げ、カーテンコールに応じるために他のバンドメンバーもステージに現れます。潤子さんの口から、あらためてお礼の言葉が述べられて、盛大な拍手の中で幕が下り、2時間半におよんだ公演は、文字通り幕を閉じました。

 歌声には静かに耳を傾け、潤子さんのMCには素直に笑う。終演後は各自が思い思いの余韻を抱えて帰路に就く。そんなコンサートに今年も参加できたことは喜びでした。来年もまた、この場所で開催されることを願っています。



JUNKO IWAO CONCERT Art Sphere Theatre 2002

日時:2002年5月18日(土) 開場 17:30 開演 18:30
会場:天王洲アイル・アートスフィア

>>Set List〜赤い魚の燦華〜
10.SAZANAMI
11.ふるさと
12.しゃぼん玉
13.やつらの足音のバラード
14.夕焼け空
15.Samba de Salut!
16.野性の太陽
17.雲の行方

Encore

19.時間の船

【Member】
ピアノ:加藤実
ベース:入江太郎
ドラム:山本はるきち
ギター:江口正祥
ヴォーカル:岩男潤子

スペシャルゲスト:渡辺幹男