2015年03月の記事


「満開」
<<日本>>--自宅付近--


地蔵院の満開の枝垂桜のアップ。

此処の枝垂桜の満開時に居合わせたのは、今回が始めてである。

たまたま天気が良かったので、ウォーキングに丁度良い距離にこの地蔵院が有るので、コンパクトデジカメを持って出かけたのだが、正にぴったりの時期に的中した。

まだ散り始めもせず、蕾も無く満開そのものであったが、境内ではこの桜を写生する老人クラブの人たちが、画家の指導で、熱心に絵筆を走らせていた。

平日でもあったので、桜を愛でる人もまばらであったが、この週末は枝垂桜に取って代わって、染井吉野の桜が咲き始め、境内は桜祭りの人々の花見で賑わう事であろう。



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「地蔵院」
<<日本>>--自宅付近--


我が家の近くに有る地蔵院の正面入口。

我が家から此処までは歩いて20分くらいの所に有る。

ちょっとしたウォーキングには、手頃な距離に有る所と言えるだろう。

嘗て私が中学生の頃、大火に会い本堂はすっかり焼失してしまったが、私の親戚の従兄を始め、地元名士達の浄財で見事に再建された。

私は中学生当時、川越の中学校まで約10キロの道程を自転車通学していたのであったが、当時のお墓はまだ土葬であった。

梅雨時の夜など部活で遅くなって此処を通ると、燐が燃えて人魂となり、ゆらゆらと燃えているのを見て、薄気味悪い思いをしたのを覚えている。

手前の木は紅梅であろうか、枝垂桜が散って桜の古木が満開になるのも、後一週間と言った所だろうか。



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「春爛漫②」
<<日本>>--自宅付近--


今を盛りと咲き誇る地蔵院の枝垂桜。


今日は冷たい北風も納まり、快適な気候となったので、ウォーキングがてら、近所に有る地蔵院の枝垂桜の様子を見に行った。

予想は見事に的中し、桜はまだ蕾状態だったが、枝垂桜はご覧のように満開だった。

先日BSテレビの「街道物語」と言う番組で、川越街道の様子を放映していたが、此処の地蔵院の枝垂桜も番組で紹介されていた。

このお寺の住職は、私の小学校時代の同級生の息子が今は勤めているようだが、彼の話だと、この枝垂桜は樹齢300年との事であった。


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「蔵造りの家」
<<日本>>--川越--


蔵造り通りの中では、一番目立つ存在の通りの角に有る、蔵造りの家の威容。

この家は、以前NHK朝ドラ「つばさ」のロケ舞台になった旧家である。

店の中を素通りすると、中庭から幾つか有る蔵までは、レールが敷かれており、嘗てはトロッコで商品の材料を運んでいたとのことである。

更に店の裏庭では、お茶を楽しむオープンテラスが有るから、これからの春日和には、のんびりお茶をするのも良いかもしれない。

しかし土日の好天の時には、東京から1時間足らずの近さということもあり、日帰り旅行を楽しむ観光客で溢れかえるから、訪問するなら平日をお奨めしたい。


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「時の鐘」
<<日本>>--川越--


城下町川越のシンボルとして、すっかりお馴染みになった「時の鐘」の光景。

この鐘楼は、徳川幕府時代の城主、酒井忠勝の命によって建立された。

川越大火の時、一時消失したが、街の商人を始めとした町民の浄財により、再建され今日に至っている。

昔は鐘楼下の鐘楼番人により、一日4回鐘が鳴らされていたが、今は自動化され、朝6時、正午、午後3時、6時に、鐘音が街中に響き渡っている。

この鐘楼下には団子屋が有り、昔懐かしい醤油団子が今でも売られている。


今は三代目のご主人が団子を焼いているが、私は初代の祖母の時代から知っており、二代目の店主の母親の時代には、年老いた彼女の団子を焼く姿を撮影して、その写真が入選した事がある。

今でも値段を上げることなく、1本60円で売られているので、チャンスが有ったら是非賞味していただきたい。


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「対比」
<<日本>>--川越--


青空に映える旧商家と洋館の対比。

この2つの建物は、蔵造り商店街の中にある。


手前の黒い歴史を感じさせる店舗は、川越名産のさつま芋を加工した、和菓子を売る店舗である。

一方後方に聳える大正ロマンを髣髴とさせる洋館は、明治時代に第八十五国立銀行として建立された。

白亜と青銅の屋根を持つ貴重な歴史的建造物であるが、今でも埼玉りそな銀行の川越支店として、立派に現役で使用されている。


最近は、テレビなどで川越がしばしば紹介されるので、街が益々綺麗になっていくのは良いが、正に観光都市化してしまい、平日でも観光客で溢れかえり、街の中央を走る川越街道が、慢性的に渋滞化してしまっているのが残念である。


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「良縁みくじ」
<<日本>>--川越--


氷川神社の境内に置いてある、あい鯛みくじの様子。

此処氷川神社は、縁結びの神社としても良く知られており、神社の境内や氷川会館では、毎日のように結婚式が行われている。

此処を訪れる人も、若い女性たちやカップルが多く、参拝客の耐えることが無い。

毎年10月に行われる川越祭りは、此処の氷川神社の例大祭として、江戸時代の徳川幕府の松平家が統治していた頃に端を発している。


今年も川越の桜の満開の時期の4月4日に、この氷川神社裏手の新河岸川で、市主催の舟遊びが行われる。

チャンスが有れば是非船の上から、満開の桜を眺めてみたいものだ。


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「撮影風景」
<<日本>>--川越--


川越の菓子屋横丁で撮影をする、テレビクルーの様子。

何処のテレビ局か分からないが、菓子屋横丁に行ったら、こんな光景に遭遇した。

どうやら大きなふ菓子を買った女性が主人公のようだが、彼女の羽織っているウインドブレーカーの「富山如何でショウ」と言う文字が気になる。

新幹線が金沢まで開通した一連の話題に関連した、テレビ番組の一端なのであろうか。


いずれにせよ、今や川越の菓子屋横丁は、すっかり観光スポットとして有名になってしまったようだ。

私達は此処の横丁の一角で、出張販売をしている、調合しながら口上を述べて七味を売る、文七さんとすっかり顔馴染みとなり、七味が切れると彼の所に買いに行くことにしている。

味と言い、香りと言い、彼の七味を味わったら、市販の七味は食べられなくなってしまったのだ。


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「可愛い石像」
<<日本>>--川越--


天台宗中院の庫裡の入り口脇に鎮座する、小坊主の可愛い姿。

中院は喜多院ほど一般には知られていないが、落ち着いた佇まいは、私のお気に入りの寺院であり、こんな小坊主の石像が、さりげ無く置かれているのも好感が持てる。

天台宗では、この四文字の言葉を「一隅を照らす」との意であると言うが、一隅を照らす事が可能ならば千里先をも照らす、との意味が含まれているという説がある。

柔らかい春の光が、可愛い石像を照らし、これを見て和やかな気分になったものである。



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「素敵なお店」
<<日本>>--川越--


喜多院山門前に有る、素敵なパン屋さんの全景。


このお店は、山門横の駐車場前の道を隔てた前方に位置している。

レトロ・観光バスの停留所前に有るので、目の前に店のすばらしさが目に入ってしまう。

嘗てこの場所は、私の中学時代の同級生が経営する工務店が有ったのだが、その敷地の一部をこの店に譲渡したようである。

この店がオープンした頃には、この店で作る出来たてのパンを、バスを待つ乗客にサービスしていたものだが、流行っているのだろうか。

蔵の街と対比して、こんなモダンな店が出来るのも、観光都市として注目されている街だからのであろうか。



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「パワーを貰う」
<<日本>>--川越--


苔むした桜の木のパワーを貰うのだと、老木を抱える女性。

徳川家康の懐刀であった、天海僧正の居城として有名な喜多院には、数百本の桜の木がある。

その中でも筧の水が流れ出る、手洗い場所近くにある、この桜の木は特に老木であるが、毎年見事な花を咲かせる。

面白いもので、彼女が木から気をもらうのだと言って、この木を抱え込んだら、近くに居た若い女性たちが真似をして、次々とこの木を抱えていた。

何だかこの時だけは、私も木になりたいものだと、冗談を言ったのであった。

後数十日で、この桜の木も満開の時期を迎えることであろう、その時また此処を訪れようと思ったものである。



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「春爛漫」
<<日本>>--川越--


今を盛りと咲き誇る彼岸桜の艶姿。

蔵造りの街並みから横道に入った、養寿院の門前にあるうなぎ屋の店脇に咲く桜は満開であった。

日当たりが良く、風を遮る陽だまりにある桜木なので、一足お先に満開になったようだ。

この周辺には、うなぎを焼く香ばしい香りが漂い、いやが上にも食欲を促すのである。

他の桜並木は、まだまだ桜の花の蕾は固いが、此処だけは春爛漫の雰囲気が漂っていた。

此処に来ると、私の母方の菩提寺である、養寿院の墓に眠る祖先の事を思い出すのであるが、今年も春の彼岸には詣でる事としようか。



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「陽春に誘われて」
<<日本>>--川越--


小江戸川越の、蔵の街を走るボンネット型のレトロ・バスの懐かしい姿。

昨日は、暖かい春の日差しに誘われて、久々に女房と連れ立って、川越バス巡りの小旅行を楽しんだ。

このレトロ・バスは、20分おきに運行されており、500円の一日乗車券を買うと、何度途中下車してもフリーで乗ることが出来る。

バスは運転手のアナウンスで、走行しながらガイドをしてくれて、目ぼしい場所で乗降することが可能である。

恥ずかしい話だが、嘗ては川越に在住し、実家の有る私でも、こんなバスに乗るのは初めての体験であった。

川越のあちこちの名所旧跡を訪ね、一日のんびりと春の川越の散策を楽しんだのであった。



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「耕す」
<<インドネシア>>--バリ島--


ウブドのメイン通りから、ちょっと郊外に出た所の田園風景。

街の周辺の農耕地帯は、ほとんどが水田である。

棚田で無い平地の水田では、こうした耕運機や水牛などによる田の耕作が中心であり、日本のように、人が乗って耕作する耕運機は、皆無であるといって良い。

耕運機を操る、この農夫の鍛え上げられた黒光りのする筋肉は、実に惚れ惚れとするほど、逞しい。

日本ではとうの昔に見られなくなった光景だけに、懐かしさを覚えて狙った一枚である。



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「店先」
<<インドネシア>>--バリ島--


カラフルな布製品を売る店先の風景。

バリ島の女性たちにとって、祭礼などで着る正装用のクバヤ(衣装)を着る時には、欠かすことの出来ない、腰布やスカーフ、ショールなどは実にカラフルである。

主に絹で出来ている透けて見えるものが多いが、これらを上手くコーディネートして着用するのが、バリ女性にとって自己表現をする楽しみの一つでもあろう。

それに比べて、男性の場合の正装衣装は、圧倒的に白が多い。

更にその白の衣装の上に、背広の上着だけのようなジャケットを着て、下は腰巻であるのが、民族衣装とは言え、実に面白い出で立ちなのである。



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「カフェ・ワヤン」
<<インドネシア>>--バリ島--


モンキー・フォーレスト通りの丁度中心部分にある、レストラン「カフェ・ワヤン」の店頭風景。

ワヤンと言っても、友人のワヤン君が経営しているレストランではない。

ワヤン名は、バリ島なら何処にでも有る名前であり、長男として生まれた男性の名前は全てワヤン名だから面白い、ちなみにワヤン君の氏名は、スタマ・ワヤンである。

この店は、入口はカフェやレストランの雰囲気ではないが、この店先を通り過ぎるか、左手の階段を降りると、オープンテラスの座席があり、外の風景を眺めながらお茶や食事をすることが出来るのだ。

今回は店先を通り過ぎただけであるが、過去2回ほど食事をしたことがあり、懐かしさのあまり、店先をショットしたのであった。



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「モンキー・フォーレスト通り②」
<<インドネシア>>--バリ島--


モンキー・フォーレストは、前出の写真とは反対側のこの方向に行くと突き当たる。

この道の先は、長い下り坂になっていて、ずっと商店街が続いている。

私は4日目の夜ずっと眠れず、夜中の2時にシャワーを浴びたら、風邪を引いてしまったようで、翌朝から咳が止まらなくなった。

この商店街にも、薬屋が有るが、ワヤン君に薬局を案内してもらい、咳止めを中心にした飲み薬を買って飲んだが、その安さに驚いた。

確か20錠位の錠剤であったが、100円ちょっと位であった。

私はそれを飲んで咳が止まったが、他の仲間が風邪気味だというので、与えたが、彼もその薬を飲んで治ったというから、効き目はあるらしい。


確かにバリは物価が安いが、薬の安さには驚いたのであった。


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