鉱山の煙害&地方民の騒擾 なぜに住友、開発銅山放置せず241206
鉱山の煙害&地方民の騒擾 なぜに住友、開発銅山放置せず241206

産炭地で稼行炭礦閉山跡。近郊の跡地は今や、ヒグマ横行と聴き人跡踏査は困難か。
旧炭礦跡地との境界に「雄別炭砿記念碑」が建つ。
紹介のタイトルは「『堕ちて心霊スポット』 雄別炭鉱・病院と訪問者の証し1」とするケースがあるから、なかなか立派と申すほかなし。

 近郊の閉山跡地はなぜに放置されるのか。四国・別子銅山跡地で稼行企業が植樹・緑化をすすめていることを承知して、是非、読んでみたかったのが鈴木謙一著『住友 企業グループの動態2」(中央公論新社 1972年)。
 理解の片鱗となるか。21ページ掲載の一文。入力して掲載画像で、お示ししておくことに。

 北海道の炭鉱跡地は放置。四国の銅山跡地は復元の努力。北海道で認められる企業無責任、本土では許されぬ企業責任。
 そう考えた時期もあったが、「ほかにある、はず」。その要因は「稼行過程での住民トラブル」。
 予測は的中したかの感もあるが、21世紀の今日。そこを現代風に整理してみようではないか。

 2018年かに「グリーン・ニューディール」。USA・オバマ大統領も発信したように受け止めてきた。
 産業開発跡地の復興。雇用をつくり、開発資金を投資、間伐材を多目的活用。あらたな付加価値創出。
 エリートは申される。「仕事があるから集まって来た人たちが、新たな雇用を自分たちで作る」。

 企業撤退の跡には「次は新規雇用の創出」。
 地元民は知っている。「雇用は創らなければいけない」。しかし「こんな雇用を、こうして創る」。
 そこが判らずに、迷い、苦労し、悩んでいるのだ。

 次には「採って出すのみっではダメ、付加価値を高める」。
 豊富に放ちたい、第三の矢、第四の矢&第五の矢。常に<三手先>を目指したい。
 そうではないか。