旧西国街道の架橋 我羅我羅橋
 ​​​旧西国街道の架橋 我羅我羅橋。広島市東区「二葉の里歴史の散歩道」は、第二領域。

 そこは三つの立地条件が必要であるらしい。一つは太田川三角州の<島>地形。
 戦国の世は、その三角州を埋め立て、山稜の裾野に街道を設けた。その街道が二つ目の立地条件。



 三つめは天神川。川が街道と交差するところに架橋された。それが我羅我羅橋。

 橋は、写真の「坂本食料品店」と隣接する青山クリニックの間にある道路に向かって架橋されているということ。

 写真で掲示板前の道路が天神川の河跡。食料品店とクリニックの間の道路をむすぶ形で川の流路があったらしい。

 左右=東西に横切る中央分離線のある舗装道路が「大内越峠」へ抜けるバス道路。
 この道路が旧西国街道にあたる。
 ここから200メートルほど左=東にいったところに、左折する大内越方向、直進の旧西国街道にわかれる地点。 

 ネット情報は伝える。我羅我羅橋名の由来。
 「がら竹とという小竹を束にして作った竹橋」「橋を渡るときガラガラ音がした」ためとか。     https://kaidoaruki.com/area_chugoku/sanyodo/sanyoudo012.html