前田正名編『興業意見』
 前田正名編『興業意見』。1884年の時点でまとめられた、明治政府の勧業政策を体系化した試み。

 国力増強、輸出外貨獲得、強兵の前に富国の道を示す。

 ために農工商を一体的に関連づける理念のもと、農村伝統工業を秩序化し、品質向上をめざしつつ、金融支援で農民の資金力を高めて<投げ売り>を防ぎ、生産者を利する価格形成の必要性を提示。

 1877年の西南戦争。薩長政権内の秩序化を果たした一方、多額の戦費調達で生じたインフレ状態を、性急なデフレ政策で<ツジツマ>を合わせようとした。

 そこを緻密な統計で推移を追うと、明治13年、14年の農村疲弊があきらかとなり、北海道移住などで<不満・不平士族>の移転を強行したが、本書では「望ましい状況にはない」と、する。

 政局の安定、戦後処理、農村伝統工業の疲弊。前田らは薩長政権の内部にあって、<勧業>という名の<本格的民政>を体系化して明示することをめざしたのでは、ないだろうか。

 英、仏、米。そこに肩をならべる道を、選択。<国内産業の強化>で国際社会に伍してゆくことをめざすので、あるが。

 本書には1884年8月刊の「未定稿」と同12月公刊の「定稿」があったこと、著名である。その理由につて、解題では、3点をあげる。

 1)国力増強の構想を、国内伝統産業の強化より国外技術の依存と移転で達成する施策が選ばれた、2)政権の中枢にあった松方施策を否定するものであった、3)資金支援の興業銀行構想はあまりに資金が必要で当時の財政規模では対応不能であった。そういうことであったと、読む。

 編者が農商務省大書記官時代の労作。
 「未定稿」と「定稿」の間の差。そこには人脈、時代観、経営構想の違いが向き合っているのであるが。(『興業意見・所見 前田正名』 明治大正農政経済名著集1 農山漁村文化協会 1978年)。