中村靖彦著『日記が語る日本の農村―松本盆地の畑に八十年』
中村靖彦著『日記が語る日本の農村―松本盆地の畑に八十年』。松本盆地に80年余、農業を営む方が日記をつけてきた。15歳で書き始めて65年、日々の記録を記載者にも聴くことができて、日本農業の軌跡が経営記録のサイドから展望できる。

 日記をつけていた人は大正3年生まれ。日記をつけだした15歳は、世界恐慌のはじまる年にあたる。
 毎日、暮らしを書きつづけるけれども、政治や時代の節目に意思の表明がみられないのが、特徴とする。まして、農業政策の推移に意思表示をすることが、ない。

 戦後、農地改革で小作地を失い、父祖からの農業は動き出したかの感がする。稲作、蚕が停滞し、酪農に転ずる。蚕では手がかかり、おいつかないというの理由となる、1950年代のことだ。
 酪農は野菜栽培にかわる。中堅農家として、それぞれのムラ寄り合いの役員を経て村議会議員にも。

 地道ながらも成功した農家というべきであろう。他方で、ウルガイランドで米自由化に舵を切り、食管法が廃止されて食糧法が施行される。
 農業団体や政治家と農林官僚とのせめぎあい、票のうごきとは無縁なところで、農業者がわが道をゆく姿が日記を通じてあきらかにされる。

 「補助金行政がはじまる前」「農家の考え方は堅実」(207p)。国が豊かになり、行政がいろいろ面倒をみることができるようになって、「農家の心根もかわってきたように思う」とする。

 食糧が大事とは、いわれる。そのなかで、本書は「農業の原点を問いなおしたい」との思い(Iはしがき iII)から、書きはじめられた。 (中央公論者 中公新書 1996年)。