敗けると分析した戦争が侵略戦争であろう筈がない。
1941年の御前会議の日であった。昭和天皇の求めに応じて発言された、永野修身(ながのおさみ)・海軍軍令部長の言葉が残っている。


永野修身

すなわち戦わざれば亡国必至、
戦うもまた亡国を免れぬとすれば、
戦わずして亡国にゆだねるは
身も心も民族永遠の亡国であるが、
戦って護国の精神に徹するならば、
たとい戦い勝たずとも
祖国護持の精神がのこり、
われらの子孫はかならず再起三起するであろう。

要するに「戦わねば国が滅びる。しかし戦っても負ける」と、明晰な分析があった。
そして「戦っても負けるが、しかし
国を守ろうとする気持ちは子孫に伝わり残る」として、
※やむない戦いを選択した、とこの文章からはそう読み解くのだが、、。

こんな切羽詰まった気持ちからの戦争が侵略戦争であろう筈がないってことです。


昭和天皇は、御自ら明治天皇の御製をお読みになられた。

 よもの海
 みなはらからと思ふ世に
 など波風の
 たちさわぐらむ

四海は(世界は) 皆きょうだいであると わたくしは思っているのに なぜ争いが起こるのであろうか、という御製です。


誰も喜び勇んで戦争を始めたわけではない、としか私には読めない。
大東亜戦争とも呼ばれる第二次世界大戦も同じことである。

「愚かな戦争をした」と言う者もいるが愚かか?
現在の平和な世の素人が軽率に愚かと言うべきではないのではないだろうか、、。