4.22[滴。その億年の旅]
カフェクリエ。奥の喫煙席からも外の雨足の強さと寒々とした“氷雨”の気配が伝わってくる。T・ジェファーソン・パーカー著 【嵐を走る者】七搦理美子訳 早川文庫を読んでいたら、こんな一節に出会えた。悪くない夕だな、と。戻って書き写す。

「雨音って地球上でもっともうつくしい音ね」
とフランキーは言った。
「そう思わない?」
「チェット・アトキンズにはかなわないけどな」
とテッドは答えた。
「わたしは雨がここに降るまでの時間を考えるのが好きよ」
とフランキーは言った。
「水が何億年も前から循環しているのは知っているでしょう?
今、わたしたちにあたった水の分子は、
数百年前に大西洋から蒸発し、
その数千年後に雨となって
エチオピアのブルーナイル川に流れ込み、
エジプトへ運ばれる途中で地面にしみこんだ。
そしてどこかの村の井戸水となり、
誰かの手で大麦畑にまかれた。
そこでまた蒸発して
タイのバンコック上空に停滞している前線まで運ばれ、
雨となって南シナ海に降りそそいだ。
そこから北回帰線にそって
北太平洋まで移動して海流の一部となり、
数百万年後に北西の貿易風に押し流されて
カリフォルニア沿岸までやってきた。
わたしたちの小さな分子は
そこで海面から上昇して核となる粒子を見つけ、
雨滴となってトラックの荷台の上に寝そべっている
犬の上に落ちたというわけ」
雨音以外、何も聞こえなくなった。