テンペスト上下巻★★★★★!
池上永一著/角川書店刊
一週間近くかけ少しずつ味わいながら読んだ。それなりに話題になっていた“シャングリ・ラ”を冒頭数十ページを読むたびに乗れず放り出していたので、それほど期待があったわけではなかったが、編集の合間に抜け出した書店の平台に並んだ青と赤の強烈な印象に負けた。上巻の副題“若夏(うりずん)”の二文字にもたぶん魅かれていたはず。スタジオに戻って青と赤の二冊を並べ眺めていると南の島々の空気が満ちてくるような気配。沖縄、久米島、石垣島、西表島、奄美とロケと遊びで記憶した琉球諸島の色彩がいっきに甦る。その時点ではしかし、物語としての“テンペスト”にそれほどの期待があったわけではない。十冊ばかり仕入れた小説をどれから読むかを決めようとしていただけで、まだまだ終わらない連続編集に戻っていった。感想は、ただひとこと。色彩や空気をこれほど濃密に感じさせる物語をおれはもしかしたらはじめて読んだことになるのかな、ということ。これに尽きる。読み終わったのが1時間前。興奮覚めやらず。

気になったので「若夏」をウェブでチェック。いろいろ読んだが石垣地方気象台ウェブにあった短いノートが、池上の上巻にもっとも近かったので引用。トップページ“南風日記”という気象コラムページにリンクしたボタンあり。沖縄、なるほど美と教養の国、である。
http://www.okinawa-jma.go.jp/ishigaki/home.htm

 「おもろさうし辞典」には夏と冬という語はあるが、春と秋というのは見当たらない。もっとも沖縄には春と秋の季節感覚がなかったからであろう。
 しかし、春から初夏にかけての季節をあらわす言葉に「うりずん」と「わかなつ」という沖縄特有の言葉がある。
 わかなつ=若夏とは、混効験集によれば、「四・五月穂出る比(ころ)を云」とある。うりずんが「二・三月麦の穂がでるころ」というから、若夏はうりずんに続く季節でなければならない。現在、「うりずん・若夏」などと、同義語(対語)のように解釈されているが、もともとは前後する二つの季節なのである。四・五月の穂とは稲穂のことで、もちろん在来種の稲穂である。その初穂は八十八夜(五月二日)頃であったというから、若夏とは新暦の五・六月に当たる。つまり、梅雨のころの晴れた暑い日が若夏である。
 若夏という言葉には、うりずんに芽吹いた草木がさらに緑を増して生い茂ろうとする活力があり、「若さ」が感じられる。やがてやってくる台風にも、盛夏の強烈な日射にも耐え得るエネルギーがすべてのものの体内に培われていく季節なのである。