春の夜は寂しき極みわがむねの闇のピアノが鳴りいづるとも
夜桜を撮るとすれば、薄暮。
黒い枝とほの白い花の塊の間に沈んだ深い青。篝火。焔に染まる白。
デジタルHD-F900が、どこまで気配を描写できるか。
その春宵が匂うような甘噛みの色彩を出せるのか。
djシリーズとして欲しいのは、
たとえば福島泰樹のこんな《歌》の匂いだ。


  春の夜は寂しき極みわがむねの闇のピアノが鳴りいづるとも
           中也断唱「春の夜」

  げに春は驟雨とともに始まるを咲かぬ桜よ慕情というは
           転調哀傷歌「春秋望郷歌」

  一期は夢なれどくるわずおりしかば花吹雪せよひぐれまで飲む
           転調哀傷歌「春秋望郷歌」

  東京に未練はなきを肩にふる九段の桜 白山の雪
           転調哀傷歌「白山抄」

  村人を欺き親を裏切って月光の中溺れるごとく
           夕暮「月光の娘」


ラストの一首は「光の日本」の録音の時に福島さんがその場で付け加えた。そしてこう続けた。

  葱むけば遥かならぬやそのひとの開きしむねが匂うごとくに
           エチカ・1969年以降

  
で、夜桜はどこに行き着くのか?


  しなやかな華奢なあなたのくちびるもゆびにもふれぬ桜降りけり
           晩秋晩夏「何処にもゆかぬ」



窓を開けていると、さすがに冷える。外気10℃。
《色の日本》でも久しぶりに見てみるか。
エピローグ。雨。九段の桜。永畑雅人のピアノソロ。
黒い幹に落ちるひとひらの花びらに、冷たい焔のような音色がよく似合っていた。
まだ3/4だったか、初期のβカムだったか。
倉持さんの艶っぽいキャメラワークが懐かしい。